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第60回 屎尿・下水研究会

日本の水質の基礎を築いた 柴田三郎氏の業績

柴田三郎研究会(石井 明男 氏、齋藤 健次郎 氏、菊池 隆子 氏)

会員各位様
 

日時: 03月25日(木) 18時30分〜
場所: TOTO新宿ショールーム(スーパースペース)
     会議室(プレゼンテーションルーム)
演題: 日本の水質の基礎を築いた 柴田三郎氏の業績
講師: 柴田三郎研究会(石井 明男 氏、齋藤 健次郎 氏、菊池 隆子 氏)
内容:  三河島処理場の場長を務め、戦前から戦後にかけて下水・廃水の分析方法や処理法を研究し、その礎を築いた柴田三郎氏の業績を掘り起こす。

第60回屎尿・下水研究会例会の報告

日本の水質の基礎を築いた柴田三郎氏の業績

 平成22年3月25日(木)、東京の「TOTO東京センター・ショールーム」のプレゼンテーションルーム(会議室)で、標記の例会を行いました。講師は柴田三郎研究会のメンバーである齋藤健次郎氏(元日水コン)、菊池隆子氏(月刊下水道・編集部)、石井明男氏(当会会員)の3氏です。3氏は数年前から上記の研究会を立ち上げ、東京・三河島汚水処分場の場長を務め、戦前から戦後にかけて下水・廃水の分析方法や処理法を研究し、その礎を築いた柴田三郎氏の業績を掘り起こしてきましたが、今回は、その成果の一端をご披露していただきました。
 以下に、講話のほんのあらましを紹介します。
 @ 明治32年、日立市に生まれる。東京帝国大学工学部で無機化学を専攻。大正14年、東京市下水課嘱託となり衛生試験所に配属。
 A 昭和6〜8年、内務省と警視庁との協力による「下水懇話会」において、全国数百の工場廃水を採取、自宅に小さな実験室を設け、分析に明け暮れた。英米独から自ら購入した書籍を参考にした。
 B 昭和8年、水道協会の「下水試験法協定に関する委員会」の委員となり、10年、下水試験法の原案を作成。その成果を、水道協会誌に15〜16年にかけて11回連載。後に、「下水試験法註解」としてまとめる。溶存酸素の分析法に「柴田・ミラー変法」の名が残る。
 C 昭和15年頃、「下水浄化における活性汚泥の化学的研究」で学位を取得。
 D 昭和17年、三河島汚水処分場長に就任。19年東京都を退職。
 E 戦後、経済安定本部資源調査会委員に選ばれる。衛生部会第二小委員会(屎尿の資源化等)委員長。
 F 経済安定本部を退いてからは、コンサルタントとして民間企業の工場廃水の指導等にあたる。
 G 語録−1「現代に於いては下水処理は人類の保健衛生上欠くことの出来ない施設である。然るに一般人士は今なお自分達に最も親しく日常自己が製出している所の下水の処理に関する認識が少なく、…… 或いは少なくとも下水管で河川に放出すれば漁族の餌としては好適であろう位に考えていることをしばしば見受ける」
 H 語録−2「下水道に関する指導者を首としポンプ場の一工手に至る迄水質試験の意義を理解して自己の担当職務に従事すれば如何に多くの困惑が解決され、経済的にも寄与する所多いかは明言する迄もない」
 I 語録−3「研究者として真実を知ればよく、それを指導する人に告げれば一分析者の自分の責任は終り、それをどうかするのは政治に関わる人とか直接監督する官公庁の人のことだ、と私はいつも思っています」
 J 語録−4「し尿の嫌気性消化について、世界で最初に私が化学的に研究した」
 K 工場廃水の研究を始めたきっかけは、「三河島下水処分場は当時東京市の40万人の下水処理をしていた。それを、一工場の廃水によって壊されては市民に申し訳ない」という考えによる。
 L 昭和59年没。

(運営委員・地田修一 記)