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第46回 定例研究会 兼 第59回 屎尿・下水研究会

米元晋一と当時の最先端技術 ―合理式と散水ろ床の導入―

谷口 尚弘 氏

会員各位様
 

日時: 01月21日(木) 18時30分〜
場所: TOTO新宿ショールーム(スーパースペース)
     会議室(プレゼンテーションルーム)
演題: 米元晋一と当時の最先端技術 ―合理式と散水ろ床の導入―
講師: 谷口 尚弘 氏
内容: 東京市技師・米元晋一は、明治44〜45年に下水道調査のため欧米に出張し、雨量算定式としての「合理式」、処理法としての「散水ろ床」などの最先端技術を日本に紹介した。これらは、三河島汚水処分場の設計などで実際に導入されている。米元の考え方とその背景について考察する。

第59回屎尿・下水研究会例会の報告

米元晋一と当時の最先端技術〜合理式と散水ろ床の導入〜

 去る1月21日(木)、東京・TOTO東京センターショールームのプレゼンテーションルーム(会議室)において、標記のテーマでの定例研究会(屎尿・下水研究会例会とのジョイント)が行われました。講師は当会評議員の谷口尚弘氏です。
 東京市技師であった米元晋一氏は、明治44〜45年に下水道調査のため欧米に出張し、雨水量を算定する「合理式」や下水処理法の「散水ろ床法」などの当時の最先端技術を日本に紹介しました。これらは、わが国で最初に建設された三河島汚水処分場の設計に実際に導入されています。
 今回の講演は、これらの技術を紹介・導入した米元氏の基本的な考え方とその背景について考察していただきました。
 以下に、その概要を記します。
 @ 明治36年に東大土木工学科を卒業後、東京市役所水道課に配属、翌年、河港課に異動。
 A 明治39年、土木課橋梁係で日本橋の改築工事の構造設計に関わる。明治44年、下水改良課へ。8月から翌年5月まで、欧米各国に出張し、下水道施設を視察・調査(6カ国、48都市)し、帰国後、復命書を提出。
 B 雨水量算定手法の見直し、下水処理方法の再検討に従事。
 C 欧米視察で持ち帰った技術で特筆すべきは、雨水量算定法としての「合理式」と当時の最新式処理法としての「散水ろ床法」(復命書では点滴濾過床と表現)である。
 D 明治40年3月の「東京市下水調査報告書」では、実験式を用いて雨水量を算定していたが、ドイツで研究され欧米各地で普及の傾向にあった合理式に準拠すべきこと、ならびに降雨強度を従来の31.25mm/時から50mm/時にアップすべきことを「顧問会議」に提案し、了承される。
 E 河川流量の小さい英国で行われていた下水処理法に着目。わけても、散水ろ床法は当時の最先端技術であった。米元氏は、「セプチックタンク」を止め沈殿地(滞留時間6時間ほど)に変更、また、「接触濾過池」を排除して撒水濾過池(=散水ろ床)を採用し、さらに、最終沈殿池を追加した。この変更案を顧問会に諮り同意を得ている。
 F 大正10年に東京市を退職後は、多くの公共団体の顧問として上下水道事業を指導。昭和8年、土木学会副会長。戦後は西原衛生工業所に勤務、浄化槽の技術開発、普及に貢献。昭和32年、保健文化賞。昭和37年、藍綬褒章。
 G 昭和39年、没。
 H 国の重要文化財に指定された三河島汚水処分場の旧ポンプ施設の地下構造物も含めた写真の紹介と解説。