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第14回し尿研究会の報告

海洋投棄とその歩み

鈴木 和雄



 3月30日(土)18時より前回と同じ会場において、会員の鈴木和雄氏より「海洋投棄とその歩み」と題する講話がありました。10数名が参加し、初めての方も2名おられました。
 大正末期から昭和の初期にかけて、し尿の肥料としての価値が低下し、し尿が町にあふれる状況を呈するようになりましたが、大都市東京ではそれが特に顕著に 現れました。そんな折りに、し尿をタンカー型の船に積んで沖合にまで運び、海洋投棄する処分法が実施に移されました(昭和9年頃)。 屎尿の投棄船には、都が自前で建造したものと民間の持ち船をチャーターしたものとがありました。太平洋戦争末期からはしばらく中止されていましたが、昭和25年から再開され、平成11年3月まで続けられました。
 鈴木さんは、投棄監視員として、また実験立ち会い者として、しばしば投棄船に乗船した方です。実地の経験を踏まえた、迫力のある語り口で、屎尿を海洋投棄 せざるを得なかったいきさつから、その終焉に至るまでを、多くのエピソードを織りまぜて話されました。沈降速度を高めるために硫酸第一鉄を添加するように なったことにより、投棄海域の状況は格段に改善されたとのこと。後半は、清掃研究所の設立の経緯や屎尿の処理技術の変遷にまで話が及びました。話の骨子は 次の通りです。
 @海への投棄のはじめ
 A直営船の建造(昭和10年から)
 B戦時による投棄船の徴発(昭和19年から中止)
 C終戦後の状況(昭和25年から再開)
 D海洋汚染対策としての薬剤添加(昭和39年から)
 E海洋投棄の終末期