発表タイトル
分科会
屎尿・下水研究会
第13回し尿研究会の報告
英仏における水洗便器の技術開発史
し尿研究会会長 地田 修一
12月15日(土)18時より飯田橋の東京ボランティア・市民活動センター会議室において、地田により「英仏における水洗便器の技術開発史」と題する講話を行いました。年末の休日でしたが、10数名が参加しました。
講話の種本となったのは、2冊の翻訳本「トイレの文化史」(フランス。ちくま学芸文庫)と「風呂トイレ賛歌」(イギリス。晶文社)です。水洗便器が普及す る前の、長い間のし尿処分との悪戦苦闘の話が前段にあり、それが水洗便器の発明によって解決の方向性を見出したことを、多くの図を用いて説明しました。特 に、「トイレの文化史」の著者ロジェ=アンリ・ゲランが述べている「水洗装置付きのトイレが成功し、フランスの全家庭への普及が達成できるかどうかは、ま ず十分で規則的な水の供給によって条件付けられた。…そして、次に使用後の水を始末できる可能性がなければならなかった。」とのフレーズは、水洗トイレの 恩恵を当たり前のように享受している私たちに、技術の開発当初の原点に立ちかえって物事を熟慮しなくてはならないことを教えくれます。話の骨子は次の通り です。
T.フランスにおけるし尿の処分
便所は屋根裏、各部屋には「おまる」を、階下には「糞尿溜め」を設置し、便所との間を丈夫な導管でつなぐことを推奨(16世紀半ば)、しかし法令違反が後 を絶たない状況が続く(17世紀後半でも)。仮に、設置しても糞便が詰まりトラブルが絶えない。ようやく、パリにおいてはイギリス式の水洗便器の設置を義 務づけた(1894年)。
U.イギリスにおけるし尿の処分
し尿を直接地面や運河に落とす便所「おまる」が一般的に(15世紀頃から)、1596年:ハリントンが水洗便器の原型を考案。(普及せず)「パン・クロ ゼット」(導管により糞便を階下の溜めに落とす)を不都合が多かったが使用。カミングズが水洗便器を再発明(1775年)。ブラマがこれを改良、このタイ プがその後の定型となる(1778年)。陶製の一体型のものが製造可能に、今日への流れができる(1870年頃)。 今回は、この講演の後、会員の石井明男氏からスライドを使ってのインドネシア、フィリピンなどのゴミ処分、下水処理についての実態報告がありました。