読み物シリーズ
シリーズ ヨモヤモバナシ
バングラデシュダッカ市で開催された「バングラデシュ廃棄物セミナー」について
第64講:知識創造理論でダッカ廃棄物処理改善技術協力プロジェクトの解析をした「日本型開発協力とソーシャルイノベーション」について
講話者:石井明男*
コーディネーター 地田 修一
プロジェクトを形作るレバレッジポイントとは
「日本型開発協力とソーシャルイノベーション」(野中郁次郎編著)でプロジェクト活動を決定的に動かすことができるポイントを「レバレッジポイント」として説明している。ダッカプロジェクトでも,このレバレッジポイントの指摘により活動が明確に説明されている。本稿をまとめていてレバレッジポイントというものは,多くの活動に強く関わってきた利害関係者が,レバレッジポイントを意識的に作り上げる活動を行っていることがわかる。
ダッカ廃棄物処理改善技術協力プロジェクトでも,このレバレッジポイントは,「ダッカ市内の各ワードに建設した廃棄物管理事務所を中心としたワード単位で実施した廃棄物管理,すなわちワードベースドアプローチ」をレバレッジポイントとしている。
これから長くダッカの廃棄物管理を続けていくための実施体制をどのようにしていくかを2007年に構想し,そしてたどり着いた結論が,ダッカ市をワード単位で分散管理する活動を組織的に進めていくことである。ワードでの具体的な活動内容を規定して作り上げた。つまりワードベースドアプローチを作り上げ,関係者に説明しはじめた。しかし,この構想はチーム内に全体を将来にわたって考える習慣がなかったので,なかなかコンセンサスができなかった。メンバーには活動を体験しながら受け入れてもらい,理解してもらう努力をすることにした。廃棄物処理の理解には重要な方法である。JICAの担当者には,ほぼ最初からインフォーマルに説明したが,担当者は最初から理解を示し,後押ししてくれたので実施できたのかもしれない。このような活動は,必ずしもすべての人が賛成してくれるわけではないと思い,微妙な舵とりのむずかしさを感じつつプロジェクトを進めていった。
この活動の導入は清掃監督員にとってもインパクトがあったようであった。振り返ると清掃監督員にとっては意欲を高める活動につながっていったように思う。多くの清掃監督員は非常に強く実施を希望した。しかし,ワードベースドアプローチはワード単位の清掃事業を清掃監督員が行うので,導入した場合,従来よりも業務が増えるため,反対する清掃監督員もいたことは事実であるし,説明会や活動に参加しない清掃監督員もいた。積極派の清掃監督員は強く推進することを望んでいた。何度か説明会を実施するうちに,数人の清掃監督員は是非やりたいと意欲を話してくれた。
2008年,最初2つのワードでワードベースドアプローチの導入に取り組み,活動を観察していたが,成功を確信したので,次の年4か所,その次の年5か所,2013年までに全部で14か所のワードでワードベースドアプローチを推進した。あまり理論的な説明もせず進めたが,チーム内でもだんだん賛同者も増えてきた。
また,廃棄物処理システムを作っていく途中,強い反対者がでることを恐れたが大きな反対はなく,現在はダッカ市の自助努力で80か所にワードベースドアプローチは発展している,
もう一例として,2010年から取り組んだスーダン国の廃棄物処理改善活動の例を説明したい。ダッカのワードベースドアプローチとは異なり,活動そのものが多くの利害関係者が関わりながら進めていったのでこのレバレッジポイントの例を説明したい。
人口800万人を擁するスーダン国首都ハルツーム州の廃棄物収集の確立を目標とした活動が目的である。実施が進むにつれ,利害関係者の参加が増え,賛同者が増えていった特徴のあるレバレッジポイントである。
2010年着任当時,スーダン国では廃棄物収集に市民は全く関心がなかった。ハルツーム州政府も職員も業務として重要視していなかった。
当時ハルツーム州ではごみ収集をやってはいたが,無計画で収集時間も不定期で特に収集地域も決まってなかった。ハルツーム州には7つの郡があり,連携も取らず収集を実施する組織で,調べると各部にはクリーニングプロジェクトがあり収集活動を行っていた。そのクリーニングプロジェクトでは20人程度の職員が細々と数台の収集車両を使いごみ収集をしていた。
最初は中央連邦政府の中に清掃事業を専門の担当部署,廃棄物管理局の設立をして,各州政府の中に清掃局を組織して清掃事業の管理体系を作ろうとしたが,この連邦政府の組織を作るには,中央連邦政府の意識が低くコンセンサスが取れずに,着手ができなかった。連邦政府の意識改革をするにはあまりにハードルが高く,実現できなかった。
ハルツーム州の7つの郡で組織の実施するクリーニングプロジェクトの潜在能力を調査して,収集組織を強化したときに,併せて各部の清掃組織に今後大きな指導を,どのように影響を生み出せるようにするか仕組みも検討した。
その結果,ハルツーム州に属する7つの郡の清掃事業を管理監督する「ハルツームクリーニングプロジェクト」が細々と活動していたので,この「ハルツームクリーニングプロジェクト」を管理監督できるように育て,ハルツーム州政府のなかの清掃局に作り上げることが最善であると計画した。
結果としては2010年,当初25人の「ハルツームクリーニングプロジェクト」の業務を7つの各部の「クリーニングプロジェクト」の収集の管理監督を実施するようにした。
数年後に「ハルツームクリーニングプロジェクト」の業務内容を完全に7つの郡の収集事業の実施だけでなく,埋立地の建設や管理監督,人員育成など各部の清掃事業を管理監督,実施まで出来るようになり,人員も100人程度の組織になり,予算規模も5倍程度になった。まとめるとスーダン国の廃棄物事業のレバレッジポイントは清掃事業を実施する組織の構築になる。
ハルツーム州政府のなかに,ハルツームクリーニングプロジェクトを正式に再構成し,ハルツーム州政府の清掃事業を担う廃棄物企業局(清掃局)設立の至り,清掃事業の実施体制を作り上げた。予算は20培程度の規模になり,最終的には廃棄物企業局の人員も300人程度になった。ハルツーム市中心部に廃棄物企業局のビルを持つまでになった。
スーダン国の廃棄物プロジェクトではレバレッジポイントは「ハルツームクリーニングプロジェクト」の自立成長であると思う。
最期に現在筆者が実施しているプロジェクト活動のレバレッジポイントについて紹介する。この国は小さな町が約500存在する。しかし,この小さな自治体に働く職員は中央政府からの派遣で,2年程度の任期を終えると次の職場に異動する。このような人事なので派遣された職員はこの小さな自治体を改善しようというか,市民のために何かをしようという感覚も意欲も持ち合わせていない。
予算も中央政府の交付金と地元の商店から集めた負担金でまかなっている。
法律を調べるとこの自治体は公共サービスであるごみ収集実施の責任の記述がないので,ごみ収集はしていない。自治体内や周辺が汚く,地域の人が適当に集めて空き地,川やどぶに捨てている。
この地域に日本のローンで衛生埋立地を建設することになったが,肝心のごみの収集を実施していない。
今までに,この地域ではごみ収集を公共サービスとしてやったことがない。当然のことだが,この自治体は清掃事業経験もないので,実施の予算はない。
この何もないところから,ごみ収集を実施するとい手品のような活動は,まずこの自治体の公共サービス取り組みへの意識改革の実施,公共サービスに取り組みのできる制度改善,ごみ収集のための予算調達,ごみ収集のトライアル実施,自治体職員の体験を通じた意識改善など気が遠くなるような活動が必要である。
しかし,困ったことに現在,この国の首相は亡命していて不在であるので,市長も議員も不在である。
解決策は一種のレバレッジポイントの考え方を利用して活動を進めることである。
知識創造理論を応用したレバレッジポイントの考え方を利用して進めるのだが,今後,この連載で実施状況を説明していきたい。
本稿の終わりに
今まで体験したプロジェクトの中で実施の形式,プロセスは異なるが,レバレッジポイントについて考えたことを記述した。
パレスチナで12か所作った清掃組合の設立も参考になるのだが,今回は割愛した。
今まで多くのODAプロジェクトを体験したが,どのプロジェクトでも整理すると異なった形を見せるが,レバレッジポイントは必ずある。レバレッジポイントの形は一概には言えないが,様々な形態であるので,プロジェクトが終ったら再度考えると良いように思う。レバレッジポイントの決め方は,プロジェクトの実施の考え方,進め方によるが,今迄の経験に基づく判断も必要である。レバレッジポイントを見つけることで戦略もたてられ活動も安定する。
ダッカ廃棄物管理のプロジェクトの例を振り返ると,レバレッジポイントは,しばらくプロジェクトを進めていくうちに,重要な利害関係者が議論を重ねながら次第にレバレッジポイントの活動に巻き込まれ増えてゆき,形づくられていることがわかる。
スーダン国の活動では,組織そのものをレバレッジポイントにして活動の中心に置き,ごみ収集の様々な実施活動,組織組立ての周辺の活動を行いながら,ハルツーム州政府の廃棄物企業局の設立に向けて活動した。貴重な記録なので本稿に残した。
参考文献
1 石井明男 スーダン国ハルツームにおける廃棄物管理強化の経験 廃棄物資源循環学会誌 Vo131 no2 2020
2 野中郁次郎編著 日本型開発協力とソーシャルヤルイノベーション−知識創造が世界を変える− 2024千倉書房
3 石井明男,眞田明子著 クリーンンダッカプロジェクト −ごみ処理が変える社会変容− 2017 佐伯印刷
※元東京都清掃局,元ダッカ廃棄物管理能力強化プロジェクト総括,元スーザン国ハルツーム州廃棄物管理能力強化プロジェクト総括,元パレスチナ廃棄物管理能力強化プロジェクトフェーズU総括,現東洋大学大学院博士後期課程,元南スーダンジュバ市廃棄物処理事業強化プロジェクト総括