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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
 第40講:ダッカ市廃棄物処理改善で取り入れた収集システムを改めて考える

講話者:石井明男*

コーディネーター 地田 修一

「第31講−廃棄物処理プロジェクトの特性について」,「第32講−廃棄物処理プロジェクトの特性についての対応」,「第38講−プロジェクトを実施するにあたり,地域の特徴や慣習についてどのようにとらえるか」,「第39講−収集改善活動で実施した住民啓発と職員啓発活動が活動の中で相互も影響しあう作用の解析」で触れたが,収集活動は,住民や職員が関与する一種の社会活動である。収集活動を改善するということは,現在の不完全な収集活動を住民啓発などにより改善するということで,組織を改善し,有効な収集方式を導入して整え,住民啓発により住民参加型廃棄物管理を行うことである。つまり図1に示すように「プロジェクトにより活動を秩序化に向かわせる活動」で,収集のシステムを整える(秩序化する)活動である。現在の収集システムに外部から住民啓発と職員啓発をインプットすると,この外部からの刺激により構造が変わり(相転移が起こり,自己組織化が進む),組織的な収集活動が始まり,次第に構造が安定化して整い,秩序化されてゆく。このような外部の刺激で構造が変化し,外乱に適応してゆく活動(現象)をダイナミックな活動(現象)と呼んでいる。

図1 プロジェクトにより活動を秩序化に向わせる構造


87 社会現象として考えられる収集活動を取り扱える手法について

 収集システムを解析するときに,いくつかのデータを重ね合わせ,近似値を使っている場合もあるが,むしろ重ね合わせが成り立たない場合がある。
 例えば植物に水を2倍与えると2倍成長するかというわけではないし,収集システムに2倍の介入をすれば,2倍の成果が出るということはない。行政の施策でも解析も要素に分解して,解析するがうまくいかず,やむなく文章で説明することが多い。
 このように,自然界の現象,生命体の活動,社会現象は従来の線形数学では本質にたどりつけない。線形現象とは異なる現象であり,非線形現象として区分できる。
 まとめると,ダイナミックな系(システム)はシステムを取り巻く外的条件(外部からの刺激や外乱)が変化すると,時間とともに安定的にパターンやリズムを発生し,形態形成,自己修復,自己組織,記憶形成などのより変化していくシステムのことであるが,収集システムはこのダイナミックに当たるのではないか。

88 還元主義のトラウマ

 今まで,多くの国で多くのプロジェクトを実施してきたが,その経験をもとに,既存の手法を使って解析してきたが,経験から得られる内容を説明することができず,その原因を考えてみた。廃棄物改善の指標として収集率があるが,介入と収集率は線形の関係ではない。そこで,別の検討をしたが,廃棄物処理改善のような動的な系を解析しようとすると,どうしても今まで線形の理論を取り入れて,それを土台にして展開していく場合が多くなるが,実施してみると真実にたどりつけそうになかった。その最大の理由は,ものごとを要素に分解して,その要素が引き起こす成果を検討するという,いわゆる要素還元が根底にあるからではないかと思うようになってきた。
 例えば多くの介入の中で,効果のある介入をKPI(Key Performance Index)として選ぶのだが,KPIの選定には決定的な基準ができるわけではなく,アンケートやインタビューなどで数値化しても,どうしてもアンケートやインタビューなどの結果はバイアスがかかり,忖度が働くことさえある。しかし,無理してKPIだけで解析してもKPIに絶対的な信頼がおけないので,最後まで曖昧さが残る。
 そこで,どうしてこのような還元主義が我々の考え方の背景にあるかを考えてみた。
 近代科学の歴史を見ると,還元主義が大きな成果を上げてきており,様々な自然学の分野をリードするのは巨大な物理学帝国であった。その歴史は16世紀からであり,主流は物理学に引き継がれ,自然科学の中心的な考え方になっていった。しかし,測定技術が格段に進歩し,量子論ではエネルギーが連続的ではないことがわかり,現在の量子力学では,古典論で明確に区別されてきた物質とエネルギー,時間−空間といった明確な区別ができていた概念が崩れてきた。調べてみると還元主義は,デカルトからニュートンへと引き継がれてきた自然学であり,「世界がいかにあるかを示すものであって,空間物質(物体),物体の運動法則を考え,いわゆる力学的世界を大胆に描いている。物質は微粒子からなり,微粒子の形と大きさの相違から,いくつかの元素の相違が生ずる。力学も電磁気も微粒子の運動から説明せられる。デカルトの自然学は素朴な物理学と化学とを含んでいる。植物と動物をいずれも機械のように見て物理学と化学を生物学に接続させるのであります。」(野田又夫著デカルト より引用)
 このような還元的な解析を主体とする学問の流れに,社会活動である廃棄物処理改善という体系ができて廃棄物学として構築されて,将来においても,既存の還元的な解析に体系にどのように食い込むかを考えると,今のところ明確な答えが見いだせないように思える。
 この還元的手法はニュートンの運動力学で一層明確に示されている。ニュートン力学の持っている意味は,この自然界に生起するすべての活動は,質量を持った質点の活動に還元できるのであり,質点は厳密に初期値を定めて,運動の第二法則(f=m(dv/dt))に時間が定められれば,あらゆる物質の動きが快走される,一義的に定められる決定論を明らかにしたことである。ニュートン以降の17−19世紀の物理学では,この法則に外れる現象はありえないと断言するが,しかし現在のわれわれが自然現象を構成要素に還元できるかというと,われわれが自然界の構成要素を知っている訳ではない。現在は表面的なカテゴリーの分類で化学,物理学,生物学,心理学,社会学というように分類し,特別な法則や規則を一般化しているだけである。
 今までに経験したプロジェクトでは,この還元主義の基づく解析では,どこもかしこもうまくいかなかった。背後に潜む考え方が分析的ではなく,現象を現象としてとらえることが大切ではないかと考えている。

本稿の終わりに

 まずは,現象を現象としてとらえて,その特性をなんらかの形で獲得(表現)し,さらに,その現象を成り立たせている規則を考えていく必要に迫られてきている。ダッカのプロジェクトでは,途中で気が付き,取り組みを少しずつ変えていった。しかし,近代科学の後に現れ,現代科学での量子論で明らかにした本確定理論では初期値が明確に規定できないことは明らかとなり,運動が微分方程式では表せないことも明言されるようになった。還元主義による要素に分解して行う構造解析は,自己組織化の構造解析には適していないように思える。
 次回はその手法についてふれてみたい。


参考文献
1.石井明男:廃棄物プロジェクトにおける「創発」がプロジェクトの自己組織化に及ぼす影響についての研究 廃棄物資源循環学会研究発表会第32回 2021
2.石井明男 技術協力における廃棄物処理プロジェクトに自己組織化の及ぼす影響の研究−  情報エントロピーによるプロジェクトの評価− 廃棄物資源循環学会研究発表会第33回 2022
3.野田又夫 デカルト 岩波書店 1966
4.ニコリス,プリコジン 散逸構造 岩波書店1980
5.Nobert Weiner,Cybernetics:or control and communication in in the animal and the machine,MIT Press,Cambridge,MA1960
6.シュレーディンガー 生命とは何か 岩波書店 2017 翻訳 岡小天,鎮目恭夫
7.唐木田健一 原論文で学ぶアインシュタインの相対性理論 筑摩書房 2012
8.吉田信夫 時間はどこからきて,なぜ流れるのか 講談社 2020



※元東京都清掃局.元ダッカ廃棄物管理能力強化プロジェクト総括,元スーダン国ハルツーム州廃棄物管理能力強化プロジェクト総括.元パレスチナ廃棄物管理能力強化プロジェクトフェーズU総括,現東洋大学大学院博士後期課程,元南スーダンジュパ市廃棄物処理事業強化プロジェクト総括