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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
 第38講:プロジェクトを実施するに当たり,地域の特徴や慣習についてどのようにとらえるが−プロジェクトはきわめて動的な活動なので,静的な解析方法ではなく「現象を現象としてとらえる視点」の導入の試み−

講話者:石井明男*

コーディネーター 地田 修一

 海外技術協力で,介入を行うときに最初に検討することは
@ どのような都市づくりを目指すかを考え,どのようなタイプの介入をするか
A 利害関係者を考えつつ,どのような規模で介入を行うか
B 介入の期間をどの程度にするか
C どのような地域を対象地域にし,介入の結果,どのような成果を獲得したいか
D 介入エリアの情報をどのように獲得するか
E 介入の活動を将来どのように拡大して,どのように持続可能な活動にするか
 などを構想する。ある意味では行政の実施に似ている。

 介入する活動,プロジェクトの分析は,事前に項目を設定し,アンケートやインタビューを用いてできるだけ数値化が行われる。そして,同じ項目で事後の活動の成果と比較することで,成果を測ることが行われる。
 しかし,個別の項目をあげ,事前・事後の評価を行っても,各項目の比較ということでは,地域の特徴や慣習の違いがあるので,利用できるデータになるような表現にはならないことが多い。その結果を分析しても,結局はよく考えると利用できる分析や評価になっていないことがあることに気づく。地域の特性まで考えると難しい問題である。
 以下のように,都市の特徴を表記した例を用いて都市の特徴にかかわった活動に評価について考えてみたい。

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84 地域や街の特徴を表す(説明する)第一の方法

 ダッカ市の特徴をきわめて一般的なイメージの湧きやすい特徴の表現で分類する例としては,第37講でも示した表記を多少変えて表記すると,
@ 大使館,外国人が利用するホテル,外国系企業が多いこの地域に一般の人は住んでいない。ホテルもレストランも高級である
A 多くの大学がある学園施設や裁判所などの施設がある一般の人の居住は少ない
B 知識層が多く住む,中・高級住宅が集まる
C 金融業が集まる地域でダッカの金融の中心地域,この地域の居住者は,平屋の住宅ではなく高層住宅に居住している
D 湖を囲んだ公園などがある市民の憩いの地域,レストランやカフェが立ち並ぶ。一般の人も居住する
E 高級品を扱う商店が集まる商業地域,交通のアクセスが良く,一般の住民も居住する
F 集合住宅,高層住宅が建ち並ぶ
G 小規模商店,家族経営工場が建ち並ぶ地域
H デベロッパーが計画的に開発した新興住宅地域で道路も整備され,排水やごみ処理のシステムがある
I 自然発生的にできた古い商業地域を中心とした小さな住宅地が集まる地域,あまり豊かな居住者はいない
J 本来ダッカ市にはなかったが,地方の農業地域から流入する人たちが住み着き,無計画な居住地域であるスラムを形成したスラム地域,年間50万人が流入するので急激に拡大しているが,現在は不法占拠者として扱われダッカ市の公共サービスが受けられない
K 中間所得層が居住するダッカでは最も一般的な住宅地
L 本来ダッカに居住していた貧困層が集まり居住する地域で,道路が狭く,小さな商店が立ち並ぶ M 巨大なヒンズー教寺院に居住するヒンズー教徒が居住する貧しい地域を中心にできた街並み
 この分類はダッカ市の地域の紹介によくみられる表現である。ダッカ市の都市開発の部門や時としてダッカ市以外の人たちにダッカ市の特徴を紹介するときに使われている
 この分類の根底は,「地域の活動を静止した視点で,動的ではない固定されたままのマクロ的な状態」で分類している。海外技術支援でプロジェクトを検討するときには動的な視点が必要で,我々が行う技術支援には適した分類ではない。あまりにマクロ的でしかもあまりに固定的で静的な視点であるので,プロジェクトの活動には適さない分類である。

85 動的に都市の特徴を表現する方法とは

 海外技術支援の対象は,社会活動というきわめて動的な現象を対象としている。きわめて動きの速い動的な活動なので,その情報の獲得についても現象を生み出すことへ目を配り,現象そのものに目を向ける視点が必要である。
 つまり動的現象を動的現象としてとらえる視点1が必要なのである。
 この視点を獲得する一方法を示したい。プロジェクトを実施する側は,社会活動を解析的,分析的に行うのではなく「社会現象としてとらえる技術,訓練」も必要である。
 第17講で述べたスーダン国で廃棄物処理改善実施の時の「パイロットプロジェクトを実施したときに,住民が関わる社会的活動という視点でパイロットプロジェクトを設計していくとよい」という説明をしたが,プロジェクトを計画していくには,現象としてとらえる視点を身に着ける訓練がいるので,その注意点を列記したい。

プラスチック容器を利用した定時定点収集の様子
現地のコンパクターを提供してもらっての収集の様子1
現地のコンパクターを提供してもらっての収集の様子2
現地のコンパクターを提供してもらっての収集の様子3
住民説明会の様子
行政関係者への説明会の様子

 それは,以下のような現象をとらえる質問を考え,現象として答える。
 @ パイロットプロジェクト実施には,1か所では比較するデータがないので,状況を比較するために最低3か所,多くて5か所のパイロットプロジェクトを実施する。スーダンでは状況を確かめるために商業地域である市場4か所,住宅地域6か所の合計10か所を実験地域に選んだ。
 2010年当時のハルツーム州は,人口800万人を擁した大都市で,この条件下で,廃棄物の収集のパイロットプロジェクトの実施にあたっては,住民啓発・教育の意味で定時定点収集システムの導入がふさわしく,ハルツーム州で導入する際に確かめるために,
@ 定時定点収集システム導入に対して住民はどのように感じるか,受け入れ等の意識について観察した。
● 多くの住民はごみの収集について,関心,興味があるか,自分の問題として考えることができそうか。
● プロジェクトを実施するのは地域の合意が必要だが,地域の住民同士に信頼関係がありそうか
● 地域活動を進めるのは地域住民のまとまりが必要だが,コミュニティなど,互いに住民同志の意思疎通ができるようなコミュニティがありそうか
● 住民のリーダーが存在し,住民はリーダーを信頼しているか,信頼関係がありそうか7
● プロジェクトの関係者に対して住民,リーダーは信頼,尊敬しているか。実施側はプロジェクトが予算を持っているので尊敬されるとか,無償で援助をしてくれるので尊敬されるというのではなく,価値観を共有した,人間的な尊敬が得られているか7
A 定時定点収集システム導入には,どのような利害関係者がいるか
● ごみを排出する住民
● 住民のリーダー
● 収集車両の運転手,清掃人
● 地域の商店の関係者
定時定点収集をするには
B 現地の自治体(行政組織),清掃事業を実施する実施組織の現状はどうか
● 清掃事業を実施する実施組織
● 実施組織のリーダーの能力
● リーダーの信頼感
● 現地の自治体は収集車両
● 収集車両を稼働させる燃料の準備
● 収集員の準備が可能か,実施能力があるか
C 現地慣習に合致しているか
● 現地にはコミュニティがあるのか
● コミュニティや住民組織が無い場合は,住民をまとめるためのどのような住民組織が作れそうか
D パイロットプロジェクトを通して,清掃員にユニフォームを貸与し,清掃のイメージを変えることができるか,つまり清掃員の意識改革がなんらかの方法でできるか
E 廃棄物事業や廃棄物行政の方向をどのよ   決めていくかを検討できる土壌があるか
など,パイロットプロジェクト実施を通して,調査することにした。
 しかし,どの項目も分析的でなく現象を現象としてとらえる視点で見ていく必要がある。
 実施期間が短い場合には,パイロットプロジェクトに別の目的も担わせることもある。 今回は情報収集のほかに,
@ パイロットプロジェクトを通じて,定時定点収集の実施について住民へ周知すること
A 定時定点収集の現地定着の下地を作ること
B 定時定点収集を拡大させるための下地を作ること
も併せもたせることにした。
 パイロットプロジェクト実施に当たり,スーダン国ハルツーム州に7つある市の市長と清掃担当者に対し,事業の説明会を実施した。各市で実施に同意するときは,清掃車両の準備,収集車両の稼働のための燃料の準備,清掃員の準備ができるかを検討してもらい,最終的にはパイロットプロジェクトの実施個所は10か所とした。実施地区は住宅地6か所,マーケット4か所となった。
 パイロットプロジェクトサイトの選定時に議論されたことは
@ 自治体には予算的に収集車両を準備する余裕はない
A 今まで実施してきた収集方法を簡単に変えることはできない
B 住宅まで集めに来るのが市役所の役割なのに,住民に収集点までごみを持ってきてもらうことはできない
C 効率が良いというが,時間通りに収集車両を配車することは難しい
D 住民が時間通りにごみを収集点まで持ってくることは不可能である
という意見であった。

終わりに

 本稿では,地域の特徴を解析的ではなく,動的に現象としてとらえる方法の一例を示した。
 次回は参考文献2の「スーダン国ハルツームにおける廃棄物管理事業強化の経験」をもとに,地域の特徴や情報を得るためのパイロットプロジェクトの設計を行い,どのようにパイロットプロジェクトから地域の情報を得ながら事業を進めていったか,その過程を説明したい。


参考文献
1.蔵本由紀 非線形科学 集英社 2007
2.石井明男 スーダン国ハルツームにおける廃棄物管理事業強化の経験 廃棄物資源循環学会 学会誌 Vol.31No2 2020
3.石井明男,眞田明子 クリーンダッカ・プロジェクト ゴミ問題への取り組みがもたらした社会変容の記録(JICA プロジェクトヒストリイ)佐伯印刷 2017(H30廃棄物資源循環学会著作賞受賞)
4.バングラデシュ国ダッカ市廃棄物管理能力強化プロジェクト プロジェクト完了報告書(延長)2013JICA(国際協力機構)
5.スーダン共和国JICA環境管理専門家報告書2013JICA(国際協力機構)
6.スーダン共和国 ハルツーム州廃棄物管理能力強化プロジェクト プロジェクト完了報告書JICA(国際協力機構)2017
7.戸堂康之 開発経済学入門 第2版 新世社 2021



※元東京都清掃局.元ダッカ廃棄物管理能力強化プロジェクト総括,元スーダン国ハルツーム州廃棄物管理能力強化プロジェクト総括.元パレスチナ廃棄物管理能力強化プロジェクトフェーズU総括,現東洋大学大学院博士後期課程,元南スーダンジュパ市廃棄物処理事業強化プロジェクト総括