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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第13講:清掃現場の労働安全衛生の改善に向けて

講話者:石井明男.小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

46.労働災害とは

 我が国の安全衛生対策は1947年(昭和22年)の労働基準法に始まり,「安全及び衛生」と「労働災害防止」を統合する形で1972年(昭和47年)に労働安全衛生法が制定された。労働安全衛生法を中心に労働安全衛生規則などの省令,告示まで含めると何千条あるか見当もつかないが,労働安全衛生の対策を考えるうえで大変貴重な知識の宝庫である。
 労働災害と聞くと,機械に挟まれたり,落下したりという事故や安全に結び付けた災害が思い浮かぶが,労働安全衛生法の規定する労働災害は,負傷以外に,業務に起因する疾病(職業病)や,最近では過労死やうつ病等の精神障害による自殺(過労自殺)なども含まれる。
 このように,我が国の労働災害や労働安全衛生に関する取り組みは歴史が古く,これらの知見や経験を活かして,ダッカ市でも労働安全衛生の改善活動を実施することを考えた。

47.ダッカ市の労働災害

 ダッカ市でプロジェクトを始めた2004年頃,清掃作業員(クリーナー)が夜明け前の清掃中に交通事故に遭い,怪我をすることが頻発した。死亡事故に至ることも多かった。ダッカ市役所に事故データの提供を依頼したが,ダッカ市はデータを持っていなかった。正確なことは言えないが,当時の現場感覚では事故数は顕在化しているものより相当多くあり,クリーナー自身の「自分を守る」という意識や安全に関する意識も低かったように思う。当時,他国でも収集作業中の事故や怪我が頻発するので労働災害の調査をしたが,分かるのは氷山の一角のみで,その実態を正確に把握することはできなかった。

ダッカ市主催の清掃作業員(クリーナー)研修
ダッカ市庁舎前の公園で行った清掃偉業員(クリーナー)向けワークショップ

 また,当事者意識の低さに加え,社会的圧力による労災隠しも,労働災害の実態把握が困難な原因となっている。日本でもゼロ災害運動などが普及すると,「災害ゼロ」という正義が同調圧力になり,労災隠しが起こることがある。命や健康を守るための運動がいつの間にか変質してしまう。このような背景もあるので実態把握は一層難しくなる。

48.クリーンダッカ・プロジェクトの取り組み

(1)清掃作業員(クリーナー)の労働安全衛生改善  クリーンダッカ・プロジェクトでは,ワード・ベースド・アプローチ(WBA)の活動の一環として,クリーナーの労働環境改善と安全衛生教育を実施している。

排水路クリーナーの作業の様子

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【労働環境改善】
・安全具の配布:クリーナーにマスク,手袋,長靴等の安全具を配布し,清掃作業中の負傷や廃棄物に起因する感染症を予防する。
・設備・備品の拡充(トイレ,給水設備,救急箱等):ワード清掃事務所にクリーナーが利用できるトイレを設置し,事務所内や休憩ができるようにした。また,救急箱を常備品として配布することとし,清掃作業中の軽微な怪我などをワード清掃事務所で治療できるようにした。水道が通っていないワード清掃事務所には,ウオータータンクを設置するなど,作業員が清潔な水を利用できるようにした。

【安全衛生教育】
・クリーナー清掃マニュアルの配布:クリーナ清掃マニュアルを配布して安全作業の指導をしている。内容は,作業開始前の体操,機材の安全点検,清掃作業中の事故を防止するための「4人作業」体制の推進,人身事故等の重大事故が発生した際の病院への搬送及び連絡手順の確認,作業後の手洗いうがいの徹底などを指導している。
・安全衛生委員会の設置:各ワード清掃事務所に,本局職員,ワード清掃事務所長,クリーナー代表(3−4名程度)で構成される安全衛生委員会を組織し,日常業務の安全管理に係る事項,事故が起こった際の原因の検証及び再発防止対策の指導などを行っている。

クリーン清掃マニュアル
クリーナー清掃マニュアルの内容(例)

・定期健康診断及び衛生教育の実施:国や市役所の無料診断の制度利用の促進や,ダッカ市の医師を講師に招き,食事,栄養,規則正しい日常生活などの生活指導を行っている。
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排水路クリーナー研修
容量の多いリキシャバン開発
油圧使用リキシャバンの開発

 これらの活動を通じてプロジェクトで最も重視したのは,クリーナー自身に市役所の職員であるという自覚を促すことである。クリーナーへの安全教育を開始した2007年当時,ダッカではクリーナーの社会的地位が低く,ダッカ市は,クリーナーが市役所の会議室を使用して集会を開催することさえ許可しなかった。そこでプロジェクトではクリーナー研修を市役所の前の公園で実施したことは以前書いたとおりである。

衛生的な清掃作業のために開発した排水路クリーナー用清掃器具
清掃用具の点検,保管法の改善

 労働災害を防止するためにはこのような市役所内の意識を変えていかなければならなかった。そこで,プロジェクトで働きかけて,クリーナー研修には必ず廃棄物管理局長(Chief Waste Management Officer:CWMO)が出席するようにし,労働安全衛生だけでなく,廃棄物管理局の事業内容や事業方針などの大局的な事項について30分近く説明をしてもらった。各ワードには約100〜150人のクリーナーが所属しておりダッカ市全体では約8,500人のクリーナーが所属している。2013年2月までにその内の5,500人に対して研修を実施した。

(2)排水路クリーナーと一次収集人の労働安全衛生改善
 プロジェクトでは,道路清掃クリーナーを中心に労働安全衛生の改善活動を実施しているほか,排水路クリーナーや一次収集人(Primary Collection Service Provider:PCSP)に対する安全指導を行っている。具体的には,事故の多い狭小道路専用の収集用のハンドカートの開発,油圧式で稼働するリキシャバンの開発,衛生作業ができる排水路清掃機材開発などを行った。

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【安全衛生委員会の設立と運営】
 クリーンダッカ・プロジェクトでは,2007年頃から各ワード清掃事務所での「安全衛生委員会の設置」を指導している。安全衛生委員会のメンバーは,本局から1名,ワード清掃事務所長,クリーナー(3−4名)で構成されている。議事内容は安全作業点検,事故や怪我が発生した際の原因調査,その後の再発防止対策及び作業改善指導などである。
 安全衛生委員会の重要な役割は,クリーナーが本局やワード清掃事務所長と対等に,労働環境改善について協議できることである。プロジェクトで支援を開始してから10年以上活動を継続しているが,未だに安全衛生委員会を本格的に実施しているワード清掃事務所は少なく,ダッカ市の上層部,ワード清掃事務所長,クリーナーの安全衛生に対する意識はまだまだ低い。これは社会全体の安全衛生に対する意識が低いことが背景にあり,意識改革には時間がかかる。
 また,安全衛生委員会のもう1つ重要な点は,労働環境改善や安全衛生の確保のために,安全衛生委員会が予算や権限を持つことである。安全衛生委員会の進め方を見ていると,偉い人がいるとクリーナーが意思決定に関して何も言わなくなり,何でも幹部が決めてしまう。このようなダッカ市の文化的背景を考慮し,安全衛生委員会の合意形成は参加者が平等に「議論」を尽して決めるように指導している。また,予算不足を理由に話し合われた改善対策が実施されない,ということが頻発しており,委員会として予算を確保しておくことも重要である。
 このような活動を通じて,組織の中に「安全第一の風土」を作り,その徹底のための「安全管理体制の確立」が行われる必要がある。そのための意識改革を根気強く続けている。
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49.コロナ禍における労働安全衛生

 現在プロジェクトでは,新型コロナウイルス感染防止対策のため,清掃作業員や一次収集人を含む廃棄物管理関係者への啓発リーフレット及びポケットサイズマニュアルを作成している。これらの啓発品を防護服等の安全具と合わせて配布し,ビデオ講義による安全研修などを行っていく予定である。これらの活動を通じて,日本から遠隔で実施できる支援を継続している。

新型コロナウイルス感染防止対策リーフレットの例

(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング