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シリーズ ヨモヤモバナシ



廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第12講:プロジェクトはどのように現地に根付いていったのか

講話者:石井明男.小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 ダッカ市に90ある区(ワード)にダッカ市の清掃事業の権限を委譲して,ダッカ市の清掃事業を分散管理する分権化を実施した「ワードペーストアプローチ(WBA)」は大改革である。廃棄物管理のやり方を現場主義に変えている。そこで働く人の考え方も勤務形態も変わり,何よりも現場は現場の判断で清掃事業を進めてゆくことになる。今回はダッカ市がどのようにこの大行政改革を受け入れて変化していったのかを考察し,「ガバメントからガバナンスへ」の時代の潮流について考えていきたい。

42.公共ガバナンスとは

 公共ガバナンスとは,「政府など公共組織において重要な意思決定や舵取りをおこない,また,それらを監視する仕組みやメカニズム」のことである。ダッカ市ではこれまでエリート主義による政府(ガバメント)主導の政策決定が行われてきた。廃棄物分野も例外ではなく,プロジェクト開始当時,住民は清掃事業には無関心で,ダッカ市の清掃関係者は住民に接しても自信が無さそうだった。2003年にダッカ市の廃棄物管理マスタープランを策定するためにプロジェクトで住民意識調査を行ったが,住民の清掃事業への理解が低く,清掃関係者を蔑視する傾向があった。ダッカ市の清掃事業や清掃関係者の社会的な地位が低いことは明らかだった。
 かつて東京都でも清掃事業の地位が低かった時代がある。昭和46年に始まった「東京ごみ戦争」は,清掃事業への意識を大きく変えた事件であった。マスコミがごみ戦争をクローズアップしてとりあげ,東京中がごみ問題に関心を持ち始めた。ダイオキシンなども社会的問題になり,マスコミはこぞってダイオキシンと清掃事業の関連を取り上げた。これに対し,当時の東京都は全都庁を挙げて問題解決に取り組んだが,それでも清掃事業への社会的理解が深まってゆくには相当な時間がかかっている。

清掃監督員(Cl)がカウンセラー(区長)と共同で事務所を作る
清掃監督員(CI)が自己資金で事務所を作る

43.ガバメントからガバナンスへ

「ガバメントからガバナンスへ」という考え方は,政府主導による公共的問題解決に限界が生じている中で,様々な関係者の協力による問題解決を志向する考え方を示している。
 廃棄物の問題は住民生活に密接しており,一般に他の公共サービスと比較して行政と住民との距離が近いことが特徴である。市役所の清掃事業関連職員は,清掃という公共サービスを住民と合意形成をしながら進めていくことが求められる。そのため,自然に民主的な行政の進め方が育ち,そして民主的な地方自治を作りあがってゆくはずであった。
 通常,住民が行政に不信感を持つのは,住民に提供する情報が少ないことが原因であり,情報不足が相互理解を阻害していることが多い。ダッカ市でも住民と市役所の情報交換の仕組みはあったものの,住民に情報を伝えたり,住民が欲しい情報を欲しい時に入手したりする方法が分かりにくく,実質的には機能していなかった。また,ダッカ市の場合,対話による理解が重要であるとはいえ,住民にしても,職員にしても,聞く側がきちんとした清掃行政の展望を持って聞かないと,ミスコミュニケーションが生じ,かえって不信を招くことも分かってきた。「声を聴く」ということはそういうことである。また,ダッカ市では,現場で働く清掃職員の生の重要な意見や考えを聞くシステムもないことが分かってきた。誰が誰に聞くかもはっきりしていなかった。ここにプロジェクトが現地に受け入れられて定着してゆく大きなヒントがある。

44.現場を動かしながら進めた参加型廃棄物管理

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,「パイロットプロジェクトの導入による効果」を利用してゆくことにした。パイロットプロジェクトを実施することで,@社会実験により事業可能性を探ることと,A関係者に事業の実施状況を体験してもらうことができる。特に,後者は社会的学習(Social learning)と呼ばれるもので,住民参加を中心としたガバナンスの強化に適している。
 例えば,WBAによるごみ収集改善パイロットプロジェクトでは,以下のようなプロセスで定時定点収集を導入した。(詳細は本シリーズ第5講を参照)

収集ルートを決める住民会議
街中の河川にごみが不法投棄されている

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【定時定点収集パイロットプロジェクトの実施プロセス】
@ 市役所の清掃担当者や関係者にWBAのことを説明する
A ワード清掃事務所を運営するワード清掃事務所長を任命する
B ワード清掃事務所を建設する
C 収集員の啓発を行う
D 対象地域のコミュニティでWBAと定時定点収集の説明をするために住民集会を開く
E 住民集会で住民と定時定点収集の収集場所と収集ルートを決める
F ダッカ市所有の既存車両(ダンプトラック等)を使って収集サービスを開始する
G 市の関係職員にWBAの説明を行う
H 収集車両をごみ収集車両(コンパクター)に変えて定時定点収集を行う(収集サービ  スの向上)
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 それぞれの活動は1度実施すれば良いというものではなく,何度も説明し,実践していく過程で,関係者の理解や収集サービスの質が深まっていき,適正かつ効率的な定時定点収集が定着してゆく。
 これらのプロセスを丁寧に見ていくことは,何をもってプロジェクト活動を評価するのかというKey Performance Index(KPI)などの評価指標(ODA事業ではObjectively Verifiable Indicators:OVIを利用)の選定にとって有用である。

45.プロジェクトをどのように評価するか

 プロジェクトの評価指標を考えるうえで,上述のように目に見える活動に要素分解することも1つの有効な方法であるが,一方で,選んだ活動がどの程度,相手国政府や市役所職員にとって心理的にインパクトがあるかについても考える必要がある。
 例えば,プロジェクトでは,ダッカ市役所廃棄物管理局(本局)から現場のワード清掃事務所に対して「清掃事業に関わる権限」を少しずつ委譲しているのだが,この委譲という行為もWBAが現地で浸透していった引き金になっている。権限の委譲という行為が心理的に前向きに働くことから,いわば「蔭のKPI」と言えるかもしれない。当時,ワード清掃事務所の活動が地域の活動と密接に関係していることやカウンセラー(ワードの区長)の事業活動と共同で活動していることを確惑しながらワード清掃事務所の建設を進めていた。2013年までにプロジェクトでは12か所の清掃事務所を建設したが,清掃事務所がないワードは清掃監督員(CI)が自ら地域の住民からの寄付を集めて事務所を建設したり,ワードカウンセラーの協力により建設資金を出してもらって建設したり,清掃監督員の自己資金で建設したり,ワードのコミュニティセンターを間借りしたりと,工夫を凝らしてワード清掃事務所を次々に開設していった。ダッカ市役所も市の予算で2か所の清掃事務所を建設した。現在では,ダッカ市側の様々な努力で合計50のワード清掃事務所が建設されている。当時,清掃監督員の間でワード清掃事務所がないと活動ができないという意識ができたのか,Peer Pressure(暗黙の社会的圧力)が働いたのかは不明だが,ワード清掃事務所とWBAの必要性が清掃監督員の意識の中に十分に定着したことが伺える。

コミュニティでの住民啓発活動
河川特別清掃のためのコミュニティミーティング

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【JICA事業におけるガバナンスの定義】
 ガバナンスの定義や捉え方には様々なものがあるが,JICA援助ではガバナンスを「ある国の安定・発展の実現に向けて,その国の資源を効率的に,また国民の意思を反映できる形で,動員し,配分・管理するための政府の機構制度,政府・市民社会・民間部門の間の協働関係や意思決定のあり方など,制度全体の構築や運営の形」と定義している。
 この定義に基づくと,「ガバナンス」には以下の3つの側面が含まれる。
@ 国家の政治体制に関わるガバナンス(権力行使のプロセスが選択,監視,交代され,正当性を付与されるための仕組みや制度),
A 政府自体の政策策定・実施能力に関わるガバナンス政府が経済的・社会的支援を効率的に管理し,適切な政策を立案・実施する能力),
B 政府と市民社会や民間部門との相互関係に関わる仕組みや制度(公共的問題を解決するための中央,地方政府,民間企業,市民社会の間の相互作業やネットワーク,信頼関係などの関係性を左右する管理・調整の仕組み)
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(出典)独立行政法人国際協力機構(JICA)「JICAにおけるガバナンス支援−民主的な制度づくり,行政機能の向上,法整備支援−」(2004)
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【ボバードの公共ガバナンス原則】
 ボバードは公共ガバナンスを「公共政策の成果(outcomes)に影響を与えるために,ステーク・ホルダーが互いに相互作用しあう方法(ways)」と定義し,公共ガバナンスの質に関して,以下のような原則を示している。
@ 民主的な決定作成
A 市民とステーク・ホルダーの約束(engagement)
B 市民の公正で正直な取扱い
C 政策の持続可能性と一体性(coherence)
D パートナーシップにおけるやる気(willingness)と能力(capacity)
E 透明性(transparency)
F アカウンタビリティ
G 社会的包括(social inclusion)と平等性(equality)(機会の,私用の,コストの,アクセスの,成果の)
H 多様性の尊重
I 他社の権利の尊重
J 法の支配の尊重
K グローバル環境における競争能力
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「(出典)大山耕助「公共ガバナンス」2010」
 これらの要素を客観的にプロジェクト評価に反映することは容易ではないが,公共ガバナンスの原則に照らして示唆に富んだ議論であり,将来のプロジェクトのあり方を考えるうえでも重要ではないだろうか。


参考文献
1.トイレヨモヤバナシ シリーズ第124回「廃棄物分野の海外技術協力である『クリーンダッカ・プロジェクト』に携わって一第5講:ワード・ベースド・アプローチ(WBA)で行った収集改善」都市と廃棄物2019年12月号
2.大山耕助「公共ガバナンス」2010,ミネルヴァ書房

以上
(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング