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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第11講:廃棄物政策と行政の民主化

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 クリーンダッカ・プロジェクトで実施した行政改革について第6講で紹介した。今回はもう一歩踏み込んで,クリーンダッカ・プロジェクトで重視している「住民参加」と「現場主義」の観点から,「公共政策」としての廃棄物政策の本質について考察してみたい。

35.廃棄物政策とは何か

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,ダッカ市の廃棄物管理の改善に留まらず,市役所の行政改革に踏み込んでいるところに特徴がある。「廃棄物政策」と言ったとき,それは公共政策の中でも廃棄物問題に特化した政策,すなわち,廃棄物管理に関する問題解決を目指した構想や行動指針を指す。クリーンダッカ・プロジェクトのような技術協力プロジェクトでは,適正な廃棄物管理のための技術的助言及び技術支援を行っており,その結果は相手国政府の人材育成や現場改善はもとより,当該国及び地方自治体の廃棄物政策にも反映されることが期待される。

36.工学(エンジニアリング)と公共政策

 我々は日頃,工学的専門家(エンジニア)として廃棄物管理の技術支援に携わっている。廃棄物問題の解決策を提案することを目的としている点では,工学も(廃棄物政策を含む政策集合概念としての)公共政策も志は同じであるが,その取り扱う問題の性質や検討プロセスは大きく異なる。

ダッカ市のごみ収集の様子(一次収集人のリキシャからコンパクタ一にごみを積み替えている)
道路沿いの不法投棄

 自然科学やエンジニアリングが取り組む問題は,基本的に客観的事実に基づき正解や最適解が求められる性質の問題である。つまり「良構造」の問題である。一方,公共政策で扱う問題は,社会が「問題である」と認知して初めて,公共「問題」として同定される。問題の解釈やその解決方法が複数あり,多様な価値基準がある中で,解の真偽や相互間の優劣を判定するための客観的な尺度もない。これが公共政策によって解決すべき「悪構造」の問題である。その解決策としての政策決定は,ゆえに,目的合理的な単線的活動ではなく,多様な関係者が,多層的な因果関係の中で価値判断を行う(間)主観的で非合理的な要素をも含む対話のプロセスの産物でもある。

37.公共問題は「発見」される

 公共政策として廃棄物問題に取り組むということは,必ずしも専門家による状況分析や合理的解決策の提案によって全ての問題が解決できるわけでは無いことは先に述べたとおりである。では,そもそも廃棄物問題を公共問題と同定し,政策課題を決定するのは誰か。また,政策決定のプロセスに必要な要素とは何なのか。
 公共問題とは,「個々人や特定の集団の問題ではなく,社会全体にとって重大な共通の関心事であり,かつその解決のために社会全体での集合的検討や取り決めが必要な問題」である。一部の特権階級が権力を独占する独裁国家で無い限り,市民自治としての現代民主主義が機能している社会では,「社会全体にとって重大な共通の関心事」を決めるのは,究極のところ,市民一人ひとりの意思である。ある問題について,現在の社会にもはや放置することができない深刻な公共問題であるとの認識が社会の広範なコンセンサスを獲得するようになって初めて,つまりは多数派形成の過程のなかで公共問題は「発見」される。そして,様々なステークホルダーの相互行為を通して,市民と行政の合意形成がなされ,政策がまとまっていく。この意味で,政策決定過程は極めて政治的と言え,したがって,行政のみならず市民一般の政治的成熟度が政策の質を究極において規定する。

38.住民参加型廃棄物管理と民主化

 果たして,このように見ていくと,住民参加型廃棄物管理(ないし「参加型開発」)は,単なる開発援助の手法の一つというだけでなく,公共政策の決定過程における本質的かつ必然の活動のように思われる。

WBAの意味を地域住民と話し合う
コミュニティ会議でのグループワーク

 クリーンダッカ・プロジェクト開始当初は,一千万人規模の大都市での市民参加など,とうてい不可能であり,また解決が急がれる廃棄物問題には適さないのではないかという強い意見もあった。しかし,筆者は東京都での経験から,行政の哲学が変わってきていると感じていた。例えば行政が「橋を作る」というのは一昔前ならば「効率化,機能化」のためだという説明で通ったが,民主化を目指す現代では効率化の議論だけではなく,住民の意見を取り入れる民主化の手続きが不可欠である。住民間題が付随的なものではない時代である。この認識に基づき,クリーンダッカ・プロジェクトでもどのように住民や職貞の「参加型」で廃棄物管理に取り組むか問い続けてきた。
 ここまで自治体における政治と行政の民主化に向けた住民参加の重要性について説明してきたが,筆者は必ずしもエンジニアとしての専門知識や経験が不要であると言いたいわけではない。ただ,「自治体における民主化の確立なしには都市問題(ここでは廃棄物問題)の解決は難しい」し,言葉を変えると,「自治体における民主化は都市問題を解決してゆく努力を通して形成されてゆく」ので,どちらが上位ということにはならないし,多少異質だが同時に取り組むべき課題だと認識している。

39.現場主義と民主化

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,まず市役所の職員間の対話を試みた。ダッカ市廃棄物管理局では,バングラデシュ工科大学(BUET)出身の技術職員が中枢にいて,現場で収集等を行う清掃局の清掃監督員は技術職員から格下に見られていた。ダッカ市役所は徹底した学歴社会,学閥社会である。2003年頃,技術職員は市内清掃を実施する清掃監督員とは口もきかなかった。それどころか清掃監督員は同じ職員なのに市役所の会議室さえ使わせてもらえなかった。プロジェクトではワード(区)清掃事務所を作り,清掃監督員を事務所長とした。各地区の清掃業務を立派に行うことで,清掃監督員は自信をつけていった。技術職員は次第に力を付けてきた清掃監督員を認め,現在では進んで対話をし,力を合わせて一緒に仕事をするようになってきた。プロジェクトはダッカ市役所の文化を変えたと言われている。つまり,市役所内の対話が行われて,話し合うという形で民主化が進んできた。

ワード清掃事務所開所式

40.政策決定に活かされる現場の知恵

 政策決定やプランニングについてはその課題をめぐる状況を的確に捉え,長期的視点や見通しを持った幅広い視点が必要であることは言うまでもない。しかし,問題によっては第一線の現場職員が中枢の職員よりも優れた力を発揮することが少なくないということも事実である。それは現場で日常的に矛盾を抱えながら考えている担当職員の強みであると言い換えることもできる。デスクよりも現場の認識の強みである。
 例えば東京都でも,廃棄物問題に取り組む住民と先進的な分別収集の取り組みを実施してきた江戸川区の職員が,収集体系を変えた「資源ごみ回収」に大きな影響を与えた事例がある。また,東京都で取り入れた「ふれあい指導」を実施してきた時に本質を突いた実践的な提案が現場から持ち上がりふれあい指導を定着させていった。「収集のための東京ルール」実現にむけた計画でも実施の段階で計画を根本から変えるような提案が現場からなされた。「東京ごみ戦争」で現場職員が抜本的打開策のプランの提言をしてきた事例など,枚挙にいとまがない。
 第一線の職員や現業職員の日常業務を通して掴んだ「新しいものの考え方」は従来のライン組織によるフィードバックでは活かされないし,誰かがヒアリングをするくらいではとても分からないことである。いわゆる制度の「外」の話である。ワード・ベースド・アプローチ(WBA)を通じて現場でワード清掃事務所を監理する事務所マネージャーが力をつけて,現場経験の乏しい本局職員と対等に議論を重ね,実質的に政策立案への関与ができるようになることを期待している。

41.民主的な地方自治の実現に向けて

 クリーンダッカ・プロジェクトで実施した行政改革の柱であるWBAは,真に「住民参加」と「現場主義」を促進するための社会装置であり,ひいては民主的な地方自治の実現に寄与するものである。

清掃事業指針の作成最終議論

 意思決定プロセスを説明する理論に「ゴミ箱モデル」というものがある。ネーミングからして気に入っているのだが,政策決定過程をごみがごみ箱の中で混ぜ合わされ再利用可能な資源へと加工されるプロセスになぞらえて,どのような政策が生み出されるかは「ごみ箱に投入されるごみ(つまり雑多なアイディアや政策提案)の質や量」と「資源化過程でどのようにごみが混ぜ合わされたか」によって決まるとする考え方である。意思決定の偶発性や非合理性を説明するモデルであるが,住民や現場職員などの多様なステークホルダーと運命共同体で進めてきたクリーンダッカ・プロジェクトの精神と通じるものがあるように思う。

現場で清掃員の指導を行う廃棄物管理局副局長

 WBAを通じてプロジェクトで目指していることは,「ダッカ市の清掃事業を90のワード(区)に分散して,末端まで清掃サービスを行き渡らせて,清掃事業を通じて市民との対話,意見を交わし合意形成を行うこと,そして,清掃監督員が現場から実践的な政策を立案できること」である。つまり一つには,WBAによって現場の職員の意見を上手に吸い上げてワードの管理を行うことで,行政の考えを住民に伝え,意見をすり合わせ,合意形成を進めて行ける仕組みを作っているのである。言い換えるとWBAに背負わせている任務は,住民との信頼関係を築くことにより,行政の信頼を獲得し,行政の政策や施策を住民と共有することである。
 現在,ワード清掃事務所長は,新マスタープランや清掃事業指針を勉強しており,住民に清掃事業の全体像を説明できるようになるよう指導している。今後はワード清掃事務所が中心となり廃棄物処理施設の運営協議会なども組織して運営してゆくことになるはずだし,区長や区議会議員(カウンセラー)とも連携しながら各ワードの清掃事業を運営してゆくことになる。


参考文献
1,環境省国際課監修「OECDレポート−日本の経験 環境政策は成功したか」1978,清文社
2,河内俊英「環境先進国と日本−デンマーク・ドイツの廃棄物政策とエコシティ」2000,自治体研究社
3,花岡信昭「美濃部都政12年の功罪」1978,教育社
4,室俊司「都民参加への模索」1973,都政新報社
5,足立幸男「公共政策学とは何か」2009,ミネルヴァ書房

(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング