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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第10講:新廃棄物管理マスタープランの3つの柱

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,2032年を目標年次とする新廃棄物管理マスタープランの策定支援を行っている。当時の社会背景やプロジェクト方針を整理し,旧マスタープランから新マスタープランへの変遷を辿る。

33.クリーンダッカ・マスタープランの背景と方針

 ダッカ市の廃棄物改善プロジェクトが始まったのは2003年である。当時,ダッカ市は街中にごみが散乱し,誰が見ても街中が汚れているという印象の都市だった。ダッカ市役所には廃棄物管理を所管する部署は無く,収集は計画的に行われていなかった。埋立地は一か所あったがオープンダンピングで悪臭を放っており,汚水は処理せずそのまま流れ出ていた。清掃員は2時間程度道路を清掃して帰っていくような勤務状況だった。収集車両は修理できずに故障のまま放置され,コンテナは腐食で穴だらけだった。
 このような状況で,ダッカ市の廃棄物管理事業の方向性を考えることはやさしいことではなかった。プロジェクトとして第一の優先順位を置いたのは,「ダッカ市という大都市の清掃サービスを市民の遍くとどけよう」という方針であった。

@ シビルミニマルの達成
 ダッカ市は2003年以降,安定的に6%程度の高い実質GDP成長率を見せており(*1),2020年にはダッカ市の人口増加は2000年の人口と比較して2倍以上である2,000万人(南北ダッカ市計)を超える見込みである(*2)。急激な経済発展と人口集中は,都市に住む人々の生活に歪みを生じさせていた。ダッカ市では高級住宅から非常に粗末な住宅まで質の差が大きく,生活の質の差もあり,職業事情により収入の開きが大きく,簡単には埋められないほどの大きな貧富の差ができていた。また,ダッカの人口の自然増と同じくらいの規模で農村部からの人の流入があり,都市のスラム化に拍車をかけていた。つまり貧しい地域が市内に無数に生まれていった。プロジェクトでは,貧しい地域であっても,スラムであっても,宗教的マイノリティであっても,従来は暗黙にサービスの対象から外されていた地域にサービスを届けようということにした。

処分場のウエストピッカー

 かつて,東京都でも1960年代の高度成長期に同じような社会のひずみ構造に直面したが,上述の方針を見失わなかったので克服ができた。どのような歴史を歩んできたかはここでは割愛するが,ごみの減量体制を備えた収集サービスが完成し,約30%減量し,新しい江戸川清掃工場が竣工し,23区の可燃ごみの全量焼却体制が整ったのが1997年1月であることを考えると行政の重要な姿勢であると思う。(「第7講:大都市行政への挑戦」参照)

A 現場主導の廃棄物管理体制の構築
 ダッカ市のようなメガシティで遍く清掃サービスを行き渡らせるため,住民の意見をすくい上げ,住民との合意形成を行いながら住民サービスができるシステムを検討した。そこで,現場で廃棄物管理を行うワード・ベースド・アプローチ(WBA:Ward-Based Approach)というシステムを考えた。行政というものは,行政が事業を実施して,民主的な自治制度を作りあげてゆく役割を背負っている。廃棄物処理事業はとくに「役所と市民が一緒になって事業を進めて,市民のニーズに答え,民主的な地方自治を作ることが目的である」ので,その仕組みをどう作るかを考えてゆかなければならない。結果として,4つのコンポーネントに分けたWBAを計画した。(「第5講:ワード・ベースド・アプローチ(WBA)で行った収集改善」参照)

新収集方式の住民説明

B 廃棄物管理局(WMD)の設置と参加型廃棄物管理の実践
 ダッカ市に廃棄物管理局(WMD:Waste Management Department)を設置した。廃棄物管理事業の実施にあたっては,廃棄物管理局(WMD)だけでなく技術局,運輸局,広報局など,廃棄物管理事業のステークホルダーを意思決定や実践プロセスが関与できるようにし,更に各ワードの区長や全市民も含めた実施形態になるようにした。例を挙げると,廃棄物収集の対策委員会には,助役(時としては市長)が委員会の長になり,メンバーは必ず全局の代表で構成される。清掃事業指針(WMD Directives)を検討するときは,各局からのダッカ市職員,大学の有識者,市民を代表してNGO代表で議論をして決めている。ダッカ市の街中(まちなか),河川沿い,湖沼でごみの収集が困難な場所の清掃はWMDだけでなく,技術局や運輸局が協力して行っている。最近では各区長で構成される委員会(standingcommittee)で,清掃事業を検討するようになりつつある。WBAでいえば,住民で構成されるコミュニティ・ユニット・ワーキング・グループ(CUWG:Community Unit Working Group)が,地元NGOと協力して清掃協力組織を作り,清掃事業を行っている地域もある。

日本の無償資金協力で供与された廃棄物収集車両

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,基本的には廃棄物処理の責任は排出者である市民が負うことを基本にしている。とは言っても市民がごみ収集をできるわけではないので,清掃事業の費用負担は市民が負い,市役所がごみ収集を行う。排出源減量・分別も市民の責任である。将来は法制度が整ってきたら,法制度の基本に置きたい事項である。(「第2講:廃棄物管理マスタープランの目指すところは」参照)

図1 廃棄物管理の段階とダッカの目標レベル

34.新クリーンダッカ・マスタープランの方向性

 クリーンダッカ・マスタープランは策定から15年以上が経過し,ダッカ市の社会状況や廃棄物管理に求められるニーズも刻々と変化している。そこで,新マスタープランは2032年を目標年次とし,クリーンダッカ・マスタープランの精神を引継ぎつつも,直面する新たな課題への対策を含む構成とした。図1は廃棄物管理の4つの段階を示している。新マスタープランは,環境保全の段階からごみ削減と3R導入の段階への発展を目指していることから,廃棄物管理の方針として,中間処理やごみ減量を新たに打ち出している。
 新マスタープラン実現のための7つの方針と10のコンポーネントを図2に示す。これらは廃棄物管理事業の3本柱(3つのアプローチ)に整理される。

図2 新マスタープラン実現のためのアプローチと10のコンポーネント

@ 廃棄物行政の柱(組織制度的なアプローチ)
*清掃事業指針(WMD Directives)による事業の予算化:WMDは清掃事業を,清掃事業指針 (WMD Directives)に基づき進めて行こうとしている。清掃事業指針はダッカ市の清掃事業の方向性を示したもので,約4−5年ごとに改定する。他に清掃行政の方向性を示すものとして法律やマスタープランがあるが,これらを参照しつつも異なる位置づけであり,実際に事業を予算化するための行政手続きを促す根拠文書となる。具体的には,市長が清掃審議会に清掃事業の方向性を諮問する。その諮問を受けて,審議会が,審議し報告書を作成し,答申として市長に提出し,市長はこれを承認し,ダッカ市の清掃事業の方向とする。市長が承認するので,予算化され事業化されるという仕組みである。

*清掃事業実施細目(SWM Administrative Procedure Book)の活用:ダッカ市では多くの条例,通知などが制定されているが,清掃事業実施細目はそれらの関係を整理した行政手続きのための実用文書である。職員の給与,昇格,職員の権限,物品の購入の手続き,などが各法律・通知などに基づいて整理されている。この清掃事業実施細目に基づいてWBAの各現場は作業することにしている。

*行政広報の重視:市民の意見を汲み上げて行政に反映させるために,WBAを通じて行っている。特にWBA3では住民参加の活動を実施しているが,行政広報の役割も担っている。

*人材育成・研究支援:廃棄物関連の大学講座や廃棄物関連の民間企業,コンサルタントの啓発にも重点を置いている。何年か先のバングラデシュの清掃事業を支えてゆくであろう廃棄物分野を背負う大学や廃棄物関連の民間企業,コンサルタントの育成も支援する。

A 技術の柱(廃棄物管理システムに基づくアプローチ)
*収集改善:ごみ収集の技術的改善を行う。将来的には,ダッカ市の全地域でコンパクターを用いた定時定点収集を導入すべく,指導を行っている。

*エコタウンの導入と処分場の延命化:処分場の延命化のための活動を総合的に行ってゆく。制度としてのリサイクルの推進,中間処理推進のためのエコタウン建設,排出源でのごみ減量化(発生抑制)の取り組み,生産工程での環境配慮設計,拡大生産者責任の追及,新規処分場の確保などの努力を行う。

*技術開発:官民一体で焼却技術の開発や研究を実施するなど,中間処理技術の導入・発展を推進してゆく。

*産業育成:技術分野で民間企業が成長できるような支援を行う。

H 現場レベルの廃棄物管理の推進(戦略的かつ分野横断的なアプローチ)
*WBAの普及拡大:現場レベルの事業推進主体として,ワード清掃事務所を中心にWBAの最大限活用をして廃棄物管理事業の基盤強化を進めていく。

*参加型廃棄物管理:清掃事業への住民参加推進をWBA3で,従来型のごみ収集改善をWBA4−bで行い,ダッカ市の各地域で住民参加型廃棄物管理の推進をする。活動は各地域で独自に行う。 *ごみ減量の推進と住民啓発:排出源でのごみ減量に向けた住民啓発を行う。地域ごとに住民の平均所得や貧富の差,居住環境,宗教,コミュニティ構成などが異なることから,各地域でWBA3を使って住民への公聴,広報及び合意形成を行い,地域に合った方法で独自に行う。

*ワード清掃事務所の機能強化:ワード清掃事務所長はダッカ市の廃棄物政策や事業指針を住民に説明し,住民と意見を戦わせて合意形成を行う。ワード清掃事務所をその活動の拠点とする。
                       以上

*1 国際通貨基金(IMF)「World Economic Oudook Database」
*2 国際連合「World Urbanization Prospects」


(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング