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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第9講:組織改革と権限委譲(エンパワーメント)

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 クリーンダッカ・プロジェクトの一つの特徴は,廃棄物管理を実施するための大きな組織改革である。組織改革には,もとの組織から新しい組織への「権限の委譲」が伴う。ダッカ市では関係者調整や交渉が難しく,既得権益などの問題から組織改革を実現するのは容易ではなかった1。クリーンダッカ・プロジェクトでは,組織改革を実現するために権限委譲に細心の注意を払っている。この考え方は,経営学上の用語では「権限受容説」の応用にあたる。これがプロジェクト成功の鍵とも言える。第9講では,この「権限受容説」に基づく組織改革について見ていく。

30.権限は受容されて初めて成り立つ

「権限受容説」は経営学者のチェスター・バーナードによって提唱された概念で,「権限」とは,企業で上司から部下に命令が行われたことで成り立つのではなく,命令を受けた部下がその命令を受容することで成り立つという概念である。このため,上司に正当性があることを前提とし,部下が受容しない場合は,命令に問題があるということになる。
 ダッカ市の清掃の現場に入ってみると,清掃員や清掃監督員は上司からの命令を一方的に受けるだけで,自発的に何かをできる状況ではなかった。また,上司は現場を知らないため,現場は突発的な命令に振り回されることになり,現場管理が全く行き届いていなかった。このような状況を改善するために重要なのは,組織において命令や通達がスムーズに伝達されることであり,また,受け手が受容するべきか判断することができるようにならなければならないと考えた。支障が出ると,タイムラグや受容拒否が生じることにもなる。
 そこでまず,組織改革で命令により権限が委譲されたときに,権限が受容されるように工夫する必要があると考えた。通常の組織では権威があるから命令は受容されるという権威上位の考え方であるが,これは無関心や責任転嫁を生じることをバーナードは指摘している。このような,権威を背景にした権限の委譲(命令)の考え方はダッカ市ではありがちで,注意しなければならない点であった。また,権限が委譲できなかったのは部下が従わなかったのか,従えなかったのか,あるいは能力を超えていてできなかったのかも,ダッカ市の組織改革では考えどころであった。
 例えば,ワード清掃事務所長を担う清掃監督員は元々清掃員のリーダーであったため,「ワード清掃事務所で,各地区の廃棄物管理全般のマネージメントを行う」と言われても,彼らは具体的に何をして良いか分からず,何もしようとしない。上司は権限が委譲できなかったのは,部下が命令に従わなかったからだと思いがちであるが,実際には部下は権限を受容しておらず,命令に従えなかったというのが実際である。

31.ワード・ベースド・アプローチ(WBA)による権限委譲

 ダッカ市がワード清掃事務所に権限を委譲する際には,各地区での清掃事業の業務内容を4つの活動に分けて説明することで,分かりやすくかつワード清掃事務所長(旧清掃監督員)や清掃員にとっても受け入れやすいように工夫している。具体的には,ワードでの清掃業務をワード・ベースド・アプローチ(WBA)と名付け,その活動内容をWBAl〜WBA4に分けて,WBAlはワード清掃事務所の管理能力強化,WBA2は清掃員の労働安全衛生指導,WBA3は住民参加型廃棄物管理のための住民啓発,WBA4はごみ収集改善として説明した。このように活動を具体化し,説明を工夫することで,ワード清掃事務所長は自分が何をすべきか理解でき,自発的に行動するようになった。言い換えれば,命令が実行可能な形になったことで,権限が委譲され,活動が定着するようになった。

WBAl:ワード清掃事務所の管理能力強化

WBA2:清掃員の労働安全衛生指導

WBA3:住民参加型廃棄物管理のための住民啓発

WBA4:ごみ収集改善

32.東京都の経験と「権限受容説」

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,権限を受け取る側の視点で考えてプロジェクトを伴ってきているので,この「権限受容説」の解釈は従来の考え方とは少し違う。このような考えに至った背景として,東京都庁の職員時代にISO14001の認証取得を担当した際の経験がある。ISO14001取得のために内部監査員の育成をしたが,現場からは「我々はそういう前提で採用されていない」,「我々はそういう教育を受けていない」ということで,反発された。この時,受け取り側の技量や考え方を考慮した権限委譲の重要性を痛感したことが,ダッカでの権限受容説をベースにした組織改革に繋がっている。


参考文献
1トイレヨモヤバナシ シリーズ第122回「第3講:廃棄物管理マスタープランを実現するために」,都市と廃棄物2019年10月号

(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング