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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第8講:ダッカ市で実践した行政広報

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 第7講では,クリーンダッカ・プロジェクトで実践した行政改革の中でも大都市行政に焦点を当てて活動を紹介した。本稿では,廃棄物管理プロジェクトでは側面支援として認識されがちな広報活動を,行政のガバナンス力向上のための「行政広報」の視点から見ていく。

27.ダッカ市における行政広報の芽生え

 ダッカ市のように都市の規模が大きくなると,行政の効率化のために,管理体制の強化や確立が要求されてくるのは当然であるが,行政本来の意義を念頭に置くと,外部の公衆との更なる関わりを図ることも必要である。行政は住民に期待されている通りの効果を上げているかも検討されなければならない。それは単に市民の苦情や不満の申し出を待って,それを処理するというのではないはずで,行政は市民(公衆と呼び換えてもよい)の要求を進んで探り,とりまとめ,それを政策決定に生かす努力をするとともに,このような行為により行政と市民の距離を近づける努力をするべきだという姿勢が,行政側にも市民側にも必要である。クリーンダッカ・プロジェクトを開始した2007年頃は,行政と市民がお互いに協力しあい,改善してゆく重要性をお互いに気が付き始めた時期であった。行政広報の重要性が生じてきていた。

28.クリーンダッカ・プロジェクトで実践した「行政広報」

 ダッカ市では「行政広報」の概念はまだ整理されておらず,クリーンダッカ・プロジェクトでは行政広報が多義を持つ。
(1)「広聴」
 市民の意見或いは世論を正確にすくい上げる機能である。行政が市民の意見に耳を傾けるので「広聴」(公聴ではなく,ここでは広聴を用いる。)と呼ぶ。クリーンダッカ・プロジェクトでは,広聴のシステムとしてWBA3(住民参加型廃棄物管理)を用いている。一般的に,市民一人」人のバラバラの意見をまとめることは難しいので,クリーンダッカ・プロジェクトではCUWG(コミュニティ・ユニット・ワーキング・グループ)を作る時にまとめ役になった人を核として,コミュニティ単位で意見を集約する。これは世論の中心になる意見を正確に抽出するときの常套手段でもある。各ワード清掃事務所がこの業務を担い,CUWG代表者とワード清掃事務所長が力を合わせて行う。

コミュニティ会議の様子(「広聴」の例)

(2)「広報」
 行政側から正確な情報を提供する,あるいは提供の努力をする「広報」(公報※1 ではなく,ここでは広報を用いる)の活動がある。ダッカ市にも情報公開という概念はあるが,機能していない。広報は広聴と表裏一体で,例えば廃棄物管理マスタープランや清掃事業指針の策定にあたり,パブリックコメント(意見公募手続)を行うのも,広報一広聴活動である。

TVの取材に対応する廃棄物管理局長
ワード清掃事務所での啓発パンフレットを利用した情報提供

(3)「合意形成」
 行政と住民が協力して民主的な地方自治活動を行うためには,行政と住民の合意形成が必要である。広報,広聴によって住民と話し合う場を整えた次の段階として,住民と意見を擦り合せる合意形成の過程が出てくる。
 例えば,ダッカでは「ごみ焼却発電施設」に対して,住民はほとんど知識がない。そのため,スタート時点は議論にならないか,誤った知識をもって行政と話し始める。そこにごみ焼却発電施設の導入に反対する団体などにより住民を扇動する状況が出てくる。行政側は住民に対して,埋立地がないことなど,ごみ焼却発電施設の必要性を繰り返し説明する…このような議論の繰り返しで,ダッカ市における「ごみ焼却発電」に関する議論が進む。現在でも,東京都がごみ焼却発電施設(清掃工場)を建設するときには,住民説明に十分な時間を割いて誠実に説明する。最後には解決策を見出すのだが,ここが行政広報の最も難しいところである。

廃棄物管理局長と住民の対話の様子(「合意形成」の例)

29,行政広報により信頼関係を作り上げるために

 公衆の意見が世論を代表しないときもあり,オピニオンリーダーが公衆の意見を形成してゆくときもある。ある特殊な状況やメディア操作で世論を作り上げていったり,何かのきっかけで,世論が逆転したりすることもある。

 行政広報により信頼関係を作り上げるためにいくつかの原則がある。
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@ 情報の真実性:最終的な判断は常に公衆側であるので,行政側は事実に基づいた真実の情報を公衆に公表することが重要であることを認識すること。
A 相互コミュニケーションの原則:一方的な情報提供ではなく,公衆の知識や意見を吸い上げて,行政と公衆は双方向のコミュニケーションの実現を図る努力をすること。
B 公共の利益の原則:行政広報を行うという社会的責任を理解して,公衆や世論の背景にある公共の利益の存在を理解し,これの合致した行動をとること。
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居住地単位のコミュニティという概念がほとんどないダッカ市での住民参加型廃棄物管理の導入について ※2
(1)住民参加型廃棄物管理を行うためのコミュニティ・ユニット・ワーキング・グループ(CUWG)の組織化
 ダッカ市では,ある一定の地域内の全住民を対象とするようなコミュニティ組織がほとんど存在しない。しかしながら,廃棄物管理においては,地域の全世帯に収集方法の改善などの情報を伝達し,全世帯の理解や参加を得られるようにしなくてはならない。ダッカ市では,住民,一次収集業者,ダッカ市役所の三者のコミュニティケーションがうまく取れないために,ごみ収集や問題解決において連携することができず,お互いが批判し合うという状態が典型的であった。住民は一次収集業者についての情報も持っていないことが多く,苦情を適切な相手に伝えることができていなかった。また,コンパクタ一による定時定点収集システムのような全く新しいシステム導入するに当たり,ダッカ市役所が住民に効果的に情報を伝達する手段も持っていなかった。住民,一次収集業者,ダッカ市役所が連携するためには,住民の代表として,地域住民の窓口となってダッカ市や一次収集業者と協議したり,地域内の全世帯に情報を伝えたりできるような住民組織を設立する必要があった。
 ダッカ市の1ワード当りの人口は,数万人から20万人を越える規模であるため,住民参加型で地域の廃棄物管理の改善に取り組むには規模が大きすぎる。そこで,ワードをいくつかの小行政区(コミュニティユニット)に分割し,このコミュニティユニットを単位として住民を組織化した。組織化に当たっては,地元の住民組織の代表者や有力者を調査し,できるだけ全ての組織の代表者やキーパーソンを含めるようにした。

住民参加型廃棄物管理(CUWGによる「広聴」の例)
コミュニティと協働で実施した住民啓発    (分別回収の呼びかけ)

(2)住民参加型廃棄物管理(WBA3)の取り組みと実績
 住民参加型廃棄物管理の活動は,下のようなステップを踏んで行った。CUWGのメンバーはアクションプランの作成と実施に積極的に参加し,様々なキャンペーンを実施して,ごみ捨て場の撤去,コンテナ周りや道路の美化,一次収集の改善,コンパクタ一による新収集システムの導入などの成果が得られた。ダッカ市職員であるワード監視員,一次収集業者,CUWGが連携を取れるようになり,問題を共有し,協働で問題解決に当たることができた。

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注釈1 公報は官庁が一般国民に発表する公式の報告で,告示などを指す。
注釈2 石井明男,岡本純子,ハスナット,ショリフ「居住地単位のコミュニティという概念がほとんどないダッカ市での住民参加型廃棄物管理の導入について」廃棄物資源循環学会研究発表,2013より一部抜粋

参考文献
1.石井明男,岡本純子,ハスナット,ショリフ「居住地単位のコミュニティという概念がほとんどないダッカ市での住民参加型廃棄物管理の導入について」廃棄物資源循環学会研究発表,2013
2.W.リップマン「世論」岩波書店,1983
3.井出嘉憲「行政広報論」1967,勁草書房
4.石井明男「ダッカ市の廃棄物処理改善と能力開発への取り組み」月刊下水道,2010年8月
5.佐藤彰祝,岡本純子「ダッカ市における住民参加型廃棄物管理モデル開発の試み」国際協力研究,2005年10月

(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング