読み物シリーズ
シリーズ ヨモヤモバナシ
廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第7講:大都市行政への挑戦
講話者:石井明男・小谷倫加恵*
コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)
第6講では,クリーニンダッカ・プロジェクトで実践した行政的取組について紹介した。今回は,行政的取組の中でも,とりわけ都市化や人口集中による廃棄物問題の深刻化が顕著な大都市(人口数百万人以上)あるいはメガシティ(人口1千万人以上)を対象とした「大都市行政」の視点から,東京都の施策を振り返りつつ,クリーンダッカ・プロジェクトにも通底する精神を読み解く。
23.大都市行政とは
日本で「大都市行政」が議論され始めたのは,1960年代後半以降である。1950年代後半からの高度成長政策による様々なひずみが大都市の市民生活を脅かし始めた時期である。高度経済成長の裏で格差が拡大し,多くの貧困層が生まれていた。貧困層の人々の生活は,政府の示した「ナショナルミニマム」に比べても極めて低い生活水準であった。
当時,東京都は大都市に発展していたものの社会全体としては必ずしも豊かではなかった。東京都の中にも,貧困に耐えて生活している地域があり,都民としての最低限の生活をどのように確保するかが課題であった。その頃,大都市に不可欠な行政水準に相当するものはどこにも示されていなかったため,東京都の美濃部都知事は,大都市における最低限の行政サービスの水準や東京都民の最低限の生活水準を示す「シビルミニマム」を提唱した。この概念が大都市行政の基礎となっていった。
24.いかにしてシビルミニマムに到達するか
1968年12月に東京都は「いかにしてシビルミニマムに到達するか」という副題で「東京都中期計画−1968年」を発表した。ナショナルミニマムが,教育,保険,保育,交通,住宅などの公共機能や健康保険,老齢年金などの社会保障を通じた国民生活の最低限の保証を目指すのに対して,シビルミニマムは住民の安全,健康,快適,能率的な都市生活などの近代都市が備えなければならない最低限の条件を示したものである。シビルミニマムの設定にあたっては,@現行法制上の位置づげ,(参国内,海外の大都市の行政サービス水準との比較,Bシビルミニマムの目標の設定,C目標を達成するための方策,D都民生活のひずみを解消するための施策などが検討され,計画に盛り込まれた。同計画で,具体的な事業例として清掃工場の建設が挙げられている。
また1969年の計画では,インフラ整備だけでなく,人的サービスなども事業対象に盛り込まれた。この時,清掃サービスの改善が施策として入ってきている。1971年の計画では,都民サービスを通じて社会的弱者の立場を守ることに主眼が置かれた。
以上は,大都市行政の初期に目指したことの概略である。
都市人口密度世界一の大都市であるダッカ市
南ダッカ市は2018年に清掃キャンペーン動員数世界一でギネス登録されている(写真提供:南ダッカ市)
川沿いのスラムと不法投棄
25.大都市行政とクリーンダッカ・プロジェクト
クリーンダッカ・プロジェクトは,このような日本の大都市が抱えた問題を解決するための大都市行政の考え方を基礎としてきた。この考え方に基づき,収集サービスを拡大するためにクリーンダッカ・プロジェクトで実施した取り組みについて紹介する。
スラムでの収集改善の様子(1)
スラムでの収集改善の様子(2)
(1)スラム地域の収集の取り組み
ダッカ市は,スラム地域を不法占拠地域とみなし,ごみ収集を行っていなかった。また,スラム地域は住居が密集しており,住居の間の道は,横にならないと歩けないくらい狭く,収集のカートも入れない状況であったため,物理的にもごみ収集の実施が難しかった。また,スラム居住者は一次収集業者にもお金が払えないため,一次収集業者を使うこともできず,どうにも収集改善の糸口が掴めない状況であった。
クリーンダッカ・プロジェクトでは,このような地域を排除せず,ワード2やワード63にあるスラム地域を対象にコミュニティ会議を行い,住民とともに地域に合わせた収集方法を開発し,ダッカ市役所によるごみ収集サービスを開始した。これらの地域では現在もごみ収集が継続的に行われている。
パイロットプロジェクト対象地区での一コマ
(2)ヒンドゥー寺院のごみ収集
当時ダッカ市はヒンドゥー寺院のごみ収集を行っていなかった。ヒンドゥー寺院では300世帯くらいが共同生活をしていて,毎日大量の生ごみが出る。しかし,ダッカ市が収集に来ないので,住民は夜に近くの空き地に捨てに行っており,近隣住民はこの行動を嫌っていた。
クリーンダッカ・プロジェクトでは,環境プログラム無償資金協力で供与されたコンパクターを使って,ワード76のヒンドゥー寺院にごみ収集車を毎日配車してごみを回収した結果,寺院はきれいになり,夜陰に乗じてごみを捨てることがなくなったので,近隣住民との関係も良好になっていった。
(3)貧困地域のごみ収集
ダッカ市は貧困地域のごみ収集を行っておらず,実施しても週1回ごみ収集車を配車する程度で,この地域では道路や家の前にいつも膝くらいまでごみが山積みになっていた。当時,なぜ収集をしないのかを何度もダッカ市に尋ねたが,明確な理由は分からなかった。
クリーンダッカ・プロジェクトとでは,幾つかの貧困地域に毎日配車してごみを回収し続けた。対象地域はダッカ市北部のワード9,ワード15,オールドダッカ南側一体であった。
25.大都市行政とワード・ベースド・アプローチ(WBA)
ワード・ベースド・アプローチ(WBA)は,ワード清掃事務所を建設して,現場の力を使って問題を解決するための仕組みである。言い換えれば,上述のように収集サービスが行きわたっていないところへの対処を現場で行い,急激な経済開発に伴うひずみを解消するための方策である。
WBAの精神は,現場で独立して活動を行うというもので,ダッカ市にとっては大きな行政改革である。2007年にWBAを初めて導入し,12年が経った2019年には,ワード清掃事務所の建設数はすでに50ヶ所に及んでいる。うち,36ヶ所はダッカ市で独自に建設しており,現在も新規事務所の建設を続けている。また,WBA導入で周辺環境の悪化の原因となっていた煉瓦製のごみ捨て場は500ヶ所閉鎖され,コンテナは65個撤去された。この収集体系の改革により,2005年に44%であった収集率は,2017年には80%まで改善した。ダッカ市は日ごとに椅麓になっている。
参考文献
馬場 健「英国の大都市行政と都市政策1945−2000」 自治総研叢書,2012
独立行政法人国際協力機構「アジアのメガシティ・大都市における都市廃棄物管理の現状と協力課題」2012
(次号に続く)
※八千代エンジニヤリング