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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第6講:元東京都職員としての経験を活かした行政改革

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

20.「行政」の視点からダッカ市の廃棄物管理を再考する

 クリーンダッカ・プロジェクトを実施するなかで,現場での問題解決のために技術的な手法だけでなく,行政的な取り組みの必要性を漠然と感じていた。例えば,ダッカ市役所内での清掃事業の一元化に向けた廃棄物管理部署の設置,市役所全体の一貫性を担保する廃棄物管理に関する取り組み方針の策定,収集に関する住民と市役所の連携体制の構築,民間リサイクル業者との調整などである。廃棄物管理事業を改善するために,多くの調整や課題の解決が必要であった。

資源物を運ぶ収集人(ダッカ市内にて)

 当時,クリーンダッカ・プロジェクトでは,収集改善や処分場改善などの技術支援を個別に実施していたが,思ったように成果が出ていなかった。このままの支援の仕方で本当に良いのか悩んでいたところで,JICAバングラデシュ事務所長から「行政経験を活かした助言が有効ではないか」と示唆され,行政手法を取り入れた問題解決の提案や,ダッカ市職員の行政能力の育成を実践してみることにした。
 そこでまず,東京都(当時)における政策立案から実施までの流れを整理してみた。
Stepl 清掃事業に係る政策を決定し,事業計画を立案する。
Step2 事業実施に係る法制度の確認を行う。
Step3 決定した事業計画に基づき,実施に向けて外部機関と調整を始める。
Step4 上位機関の長期計画と事業計画のすり合わせをする。
Step5 事業実施の役割分担を,部署間や関係者間で調整し,必要に応じて組織改革を行いながら業務を割り当てる。予算の確保,分配をする。
Step6 事業内容について議会の承諾を得る。
Step7 住民に事業内容を説明し,承諾を得る。
Step8 事業実施のためにあらかじめ組織で育成した人材を割り当てる。足りないときは外部から人材を募集する。
Step9 労務管理,労働安全衛生管理部門を交えた実施計画をまとめる。
 これらの活動は,言い換えると,長い期間をかけて行政機関が培ってきた行政力を使った事業推進及び問題解決の過程である。行政組織が備えるべき機能について検討してみると,行政的視点からの改革の必要性が見えてきた。

21.クリーンダッカ・プロジェクトで実践した行政的取組

 クリーンダッカ・プロジェクトでは,ダッカ市役所とともに行政的視点から様々な問題解決に取り組んできた。いくつかの例を挙げる。
(1)廃棄物管理局の設置
 ダッカ市役所内では清掃事業を実施する部署が複数にまたがり,業務分担が不明確であった。道路のごみ収集は道路清掃局,埋立地までのごみの収集運搬は運輸局,処理・処分は技術局,資機材購入は購買局と全く別の組織が関連なく清掃事業の一部を担っていた。連携体制の欠如により清掃事業が適正に機能しておらず,非効率な収集体制による収集率の低下や機材の不良に繋がっていた。そのため,関連部署をコーディネーションし,清掃事業全体をマネジメントできる組織が必要であった。

街中のウエストピッカー(ダッカ市内にて)

 そこで,清掃事業を一元的に管理する廃棄物管理局を設置し,将来に渡って清掃事業を進めるだけの体力ある組織を作り,廃棄物管理システムに管理していく土台作りを行った。この結果,廃棄物管理事業の実施が円滑になり,収集率の改善や職員の強化につながった。
(2)現場での事業実施組織の設置
 ごみ収集や最終処分場の管理を現場で行う実施組織がなかったため,現場管理が行き届いていなかった。ごみ収集ができないというので調べると,住民と市役所の連携が必要であるにも関わらず,役割分担が不明確で住民に何を頼むかわからない状態だった。また,ダッカ市に数多く存在する民間リサイクル業者とダッカ市の役割分担が決っていないので調整が困難であった。
 東京都の行政事業の進め方で特徴的なことは,事業の実施組織を作り,組織力を利用して事業を推進することである。一般に,組織は目的を持って形成され,一定の成果を出すことが期待される。行政機関では,組織を作ることでその組織に正当性と対外的交渉力を持たせ,事業推進力を高める目的もある。また,組織内で職員が切瑳琢磨をすることでノウハウが組織に蓄えられてゆくことから,行政のキャパシティ・ディベロップメント(能力強化)ともいうべき,組織を通じた継続的な人材育成の仕組みが構築されることも特徴である。
 そこで,ダッカ市にある90の行政区(ワード)ごとに現場で清掃管理ができるように各区にワード清掃事務所を建設し,ワード単位で清掃や収集の現場管理を行う仕組み(Ward−basedApproach,WBA)を構築した。この経緯は拙書「クリーンダッカ・プロジェクト」に記述したが,問題はこの仕組みをどのように機能させ,実現してゆくかであった。クリーンダッカ・プロジェクトでは,現場の判断で事業を実施できる裁量を拡大し,市役所本庁から現場に権限を委譲していくための行政改革を行った。具体的には,各ワードに100人程度働く道路清掃員を各ワード清掃事務所の配属とし,清掃監督員をワード清掃事務所長として,現場の道路清掃,収集,住民協力,道路清掃員の管理を行う体制を構築した。これが上手く機能し,現場が見違えるほど衛生的になっていった。

改善指導後の道路清掃の様子

 また,最終処分場には「処分場管理ユニット(Landfill Management Unit,LMU)を設置し,24時間体制でのごみの搬入に対応できる管理体制を整えた。
(3)清掃事業指針の策定
 市役所全体の取り組み方針がないので,一貫した活動をするのが困難であった。そこで,ダッカ市の清掃事業が国と方向性を同じくしつつも,国からできるだけ独立した(自治)活動を具体的に実施できるような「活動の推進の仕組み」を考えた。その一つが,市役所と住民が共同で作る「ダッカ市清掃事業指針」である。およそ5年ごとに市役所と住民,関係者とが協力して清掃事業の活動方針を決めて,市長決裁で発布する通知文である。2008年と2012年に発布しており,2019年現在,3回目の改訂作業を行っている。この通知文があることで,柔軟に社会や国政の変化に対応しつつ,市役所内での職員の異動や廃棄物管理局長の交代などの環境変化を受けても行政としての一貫性を保つことができるようになった。
(4)清掃事業実施細目の整理
 バングラデシュ国全体にも言えることだが,ダッカ市役所では,事業の財源,予算の作成などの概念が希薄であった。そのため,現場に認められるはずの活動費用が認められず,現場職員は大きな改善ができずにいた。
 そこで,クリーンダッカ・プロジェクトでは「ダッカ市清掃事業実施細目」を作成した。これは,既存の法律や条令,通知文,通達などを系統的にまとめ,役職ごとに権限や業務内容を整理した文書である。一義的には関係者間の業務調整や承認プロセスを円滑に進めるための文書であるが,プロジェクトでは,特にワード清掃事務所長による現場活動費の予算執行が認められ,現場改善に繋げる効果を期待している。東京都では,この「清掃事業指針」を根拠に「清掃事業実施細目」に従って関係省庁や機関,首長との折衝を現場の担当職員であっても実践していく必要があった。この経験を活かして,行政改革を進めていった。
(5)住民参加型廃棄物管理の導入
 市役所の収集能力が低いので,住民参加型廃棄物事業の導入を検討した。日本の行政システム,特に清掃事業の進め方の特徴は,現場主体で事業を推進していくボトムアップ型の事業実施体制である。現場職員を中心に清掃事業全体を考えた事業計画を立案し,現場職員も清掃事業全体を考えて事業を実施している。
 そこで,ワード清掃事務所に住民からの苦情や意見が集まるように,住民集会(コミュニティミーティング)や,地域の清掃活動アクションプラン作成などを市役所と住民が一体となって実施する活動を進めた。また,街中で住民の目に真っ先に留まる清掃員にも,清掃事業の担い手としての自覚や責任を持ってもらうことが重要である。そこで,WBA活動では職員研修の一環として,ダッカ市の清掃事業の全体像を理解してもらうため,廃棄物管理局長から現場の清掃員に向けて30分くらい講義を行ってもらい,ダッカ市全体における清掃員の役割も説明した。これらの活動の結果がWBAと行政広報,住民啓発の導入の基礎になっている。

南ダッカ市は独自にコミュニティアンバサダー活動を推進している

北ダッカ市による清掃員への安全衛生指導の様子

清掃員の安全具着用徹底を指導

22.クリーンダッカ・プロジェクトの目指した民主的な自治

 多くの発展途上国では,行政活動はトップダウン型で実施されている。これはバングラデシュ国でも同様で,国が最高意思決定権を持ち,ダッカ市役所は国の決定に従い,事業を実施する。例え,ダッカ市の方が状況をよく認識しており,国の方針が現場の期待に反するものであったとしても,ダッカ市は国の決定に抗うことはできない。同じ構造がダッカ市役所内にもあり,現場職員は幹部の決定には逆らえない。クリーンダッカ・プロジェクトでは行政的取組の中でこうした流れを変え,現場主体の民主的な自治が実現できる基盤づくりを目指した。
 今までダッカ市では,本庁を拠点としたいわゆる大学・大学院出のエリートである技術職員は,現場の清掃を預かる清掃監督員や清掃員を仲間とはみなしておらず,決して交わらなかった。会議も同席せず,話もすることがなかった。ワード清掃事務所を中心とした現場管理体制(WBA)を導入して,現場の作業により清掃事業が改善していることを目の当たりにして初めて,技術職員は現場職員の対応力(現場力)を認めるようになり,現在では,技術職員と清掃担当職員は相談し,議論をするようになり,大きな変化が起こっている。2008年に設立された廃棄物管理局には技術職員と清掃担当職員がともに所属し,一丸となって業務を実施するため,一層この姿勢は大切になっている。特に,末端組織であるワード清掃事務所の清掃監督員,道路清掃員などは,社会の変化に柔軟に対応しているように見える。WBAは住民参加型廃棄物事業も包括しているので,現在では住民の意見をワード清掃事務所が窓口になって取り入れている。これにより公共サービスという理解が住民にも,市役所側にも芽生えてきている。
 2003年頃ダッカ市にJICAの支援が入ったころには,ダッカ市長は収集車両があれば,ダッカ市の清掃事業はうまく行くので,一刻も早く収集車両を供与して欲しいと強く要求した。こうした意識を変えるのは容易ではなかった。行政手法を含むダッカ市への一連の支援に対して理解を得るには時間がかかったものの,ダッカ市清掃事業を大きく変え,現在もダッカ市役所に根付いている。行政力を活用した一連の改善活動によって,大都市行政としての廃棄物管理事業の実施体制を構築できたことが,ダッカ市の廃棄物行政のいまを支えている。

参考文献
1.室 俊司「都民参加への模索 転換期の自治体職員」都政新報社,1973
2.石井明男,眞田明子「クリーンダッカプロジェクト」佐伯出版,2017

(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング