読み物シリーズ
シリーズ ヨモヤモバナシ
廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第5講:ワード・ベースド・アプローチ(WBA)で行った収集改善
講話者:石井明男・小谷倫加恵*
コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)
バングラデシュ国では自治体令により廃棄物管理の責任が明記されており,住民の責任は家から排出される家庭ごみを,集積所(コンテナあるいはダストビンの設置は自治体の責任)まで運ぶことである。ダッカ市などの自治体は,コンテナやダストビンから廃棄物を最終処分場まで捨てに行く。今回は、ワード・ベースド・アプローチ(WBA)で実践した収集改善の経緯を振り返り、収集改善が社会に定着するまでの過程や必要な期間について考える。
17.収集現場での観察
2005年当時,ダッカ市のごみ収集率は44%程度であった。この収集率をどうすれば改善できるのか。その糸口を掴むため,まず現場で働く清掃員のパフォーマンスを調べようと清掃の現場に行き,朝5時ころから夜の8時ころまで,ダッカ市の職員と1ヶ月程度現場に足を運んだ。清掃員は,道路清掃員,排水路清掃員,トラック清掃員,コンテナ清掃員に分かれており,それぞれの清掃員によって作業内容,活動の時間が違うので,ダッカ市の職員と手分けして観察し,夜に再度全員で集まり得られた情報を共有した。
ダッカ市内のごみ収集の様子(2005年当時)
次に,ダッカ市役所のごみ収集車に同行し,1ヶ月程度,収集作業の現場を観察した。コンテナ運搬車による輸送は午後6時から翌朝6時に行われるため,手分けして調査した。ダッカ市の収集運搬は24時間体制であり,そのため,最終処分場も24時間オペレーションを続けなければならない。このことが,ダッカ市の清掃事業の管理を難しくしていた。
現場での実態調査を通じていくつか分かったことがある。1つはコンテナを道路に設置することが,周辺の交通渋滞を引き起こしていることである。コンテナ運搬車はコンテナ積み降ろし時に道路を塞いでしまうため,日中は作業が規制されており,夜間(午後6時以降)しか輸送作業ができない。また,コンテナ周辺に悪臭やハエなどが発生し,衛生環境が悪化するため,街中で新たにコンテナを設置しようとしても,住民の反対を受けることがしばしばあった。大型コンテナが設置できないので,小型コンテナを開発して配置したこともあった。
また,2つ目に分かったことは,煉瓦で囲まれたダストビン(据え置き型の公共ごみ箱)が収集効率を悪化させていることである。当時ダッカ市内には1,000ヶ所以上のダストビンが設置されており,一般的に使われていた。しかし,ダストビンからトラックに積み込むのには1ヶ所で1時間以上もかかり,しかもその作業は,手作業で極めて非衛生的なものであった。
18.収集改善に向けた試行錯誤〜定時定点収集の導入の試み
ダストビンとコンテナの引き起こす問題を解決するために,「定時定点収集」を導入できないかと検討を始めた。定時定点収集は,住民がごみを容器(ポリバケツやごみ袋など)に入れて,決まった時間に決まった場所に排出しておき,それをダッカ市役所が回収する収集方法である。定時定点収集であれば,コンテナもダストビンも不要になる。しかし,ダッカ市設所と住民にとっては初めての試みであるため,導入しても定着するか分からなかった。ダッカ市と相談して住民や大学と協力して実験してみることになった。
紙袋を使った定時定点収集
ダッカ市では2002年からプラスチック製レジ袋が禁止されていることから,紙袋を使って定時定点収集を実施することにした。理想を言えば,収集車両はコンパクターが良いが,当時ダッカ市はまだコンパクターを所有していなかったので,オープントラック(平ボディの中型トラック)を使って収集実験を始めた。対象地域として,南ダッカの比較的貧しい地域(旧ワード76)1で,コンテナが設置されておらず,敬虔なイスラム教徒が多い地域を選んだ(500世帯を対象)。この地域の住民は定時定点収集を受け入れるか,受け入れたとして定着までどのくらい時間を要するかを調べた。結果的に,収集地点に大多数の人が時間通りにごみを持ってくるようになるまで1ヶ月程度かかった。
表 地域ごとの収集形態の特徴
次に,住宅地域(旧ワード63,69),集合住宅地域(旧ワード52),商業住宅混在地域(旧ワード36)に対象を広げて実験を行った。この社会実験を通じて,ごみの収集形態は,それぞれの地域特性に合わせて独自に変化していった。
ポリバケツによる定時定点収集(1)
ポリバケツによる定時定点収集(2)
【ごみ収集の変化(進歩)が与える影響】※2
@ 住民の生活環境(慣習等),衛生環境の向上(街並みや美化状況等)
A 生活環境向上の意識,啓発意識の向上
B 地域コミュニティ活性化
C 住民と行政のつながり
D 就職状況や産業構造の変化
収集形態には絶対的な正解は無く,住民の成熟度や地域の慣習,社会との関わりのなかで,少しずつ変化し,改善されていくものである。この時,実験地域で住民や一次収集業者,ごみ収集車の運転手や清掃員など,様々なステークホルダーと調整し,収集改善に向けて現場で推進役となったのが,清掃監督員(現在のワード清掃事務所長)である。彼らは定時定点収集の定着に向けて,新収集方法の普及に奔走し,街中のダストビンやコンテナの撤去に尽力した。WBA4(収集改善)の原型である。これらの経験が,その後,コンパクターの導入による飛躍的な収集改善を可能とする土台となった。
環境プログラム無償資金協力の車両での収集の様子
19.コンパクターによる定時定点収集の開始
2009年の環境プログラム無償資金協力によって,ダッカ市で初めての35台のコンパクターが導入され,収集改善に向けた支援が行われた。一連の社会実験によって収集改善に取り組んでいたことで,コンパクターのスムーズな導入のための準備ができた。特に重要だったのは,一次収集業者との連携や住民との協働の仕組みが構築できていたことである。一次収集業者の関心は,新しい収集システムの導入で,どのように効率的に有価物が回収できるかである。実験を始めた当初は,一次収集業者が有価物を回収できないため,反対の意見が多かったが,リキシャバンからごみ収集車への積替時に有価物を回収できるように収集方法を変えたことで,一次収集業者を排除せず,共存する収集形態が形作られていった。この一連の実験の結果がダッカ市にも評価されて,次第に定時定点収集は全市に広がっていった。
その結果,2013年3月時点では400ヶ所のダストビンが閉鎖され,50台のコンテナが撤去された※3。定時定点収集の導入地域は36ヶ所に拡大した。
東京都の実績から読み解く
収集方法の転換と計画年数
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ワード76で実施した紙袋を使用した定時定点収集が現地に定着するのにおよそ1か月を要したが,その後ダッカ市全域に普及させるのにどのくらいの期間を要するかを当時検討した。環境プログラム無償資金協力で供与したコンパクターを利用しての容器を利用した,定時定点収集の展開の計画を立案するのに参考にしたデータを紹介する。検討の材料は大都市での収集システムへの改革ということで,人口の規模を考え,多少情報は古いが東京都の実績をもとにした。
1.ごみ容器による定時定点収集の導入
東京都は,昭和35年度に品川区と杉並区で試験的にごみ容器による定時定点収集を開始した。当時は,ポリエチレンの容器を5軒に一個配布した。この取り組みが好評だったことを受け,昭和36年度から3ヶ年計画で,23区全域での展開計画を実施した。3ヶ年計画では収集頻度は原則週2回とした。昭和38年度に全区展開を完了している。
2.不燃ごみ及び焼却不適ごみの分別収集
北区の王子,赤羽地区で試験的に導入し,試験結果をもとに,昭和48年度から3ヶ年計画で区部全域に拡大を計画,収集は過1回実施とした。昭和48年度中に区部全域への拡大を完了している。
3.資源回収モデル事業
平成9年度に資源回収モデル事業を開始し,平成11年度に本格実施に移行した。平成12年度に22区(豊島区を除く)全域に拡大しており,達成までに4年かかっている。
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以上より,東京都とダッカ市では既存の収集システムや収集機材,社会・文化などが異なるため一概には言えないが,当時,定時定点収集の拡大に要する期間を3−4年として計画した。
参考文献
1.石井明男,齋藤正浩,他「ダッカ市を構成する行政区単位で改善するダッカ市の廃棄物処理改善」第19回廃棄物学会研究発表会,2008
2.AkioIshii,Masahiro Saito,Maksud Chowdhury and AbulHasnat‘‘ward Based Approach for Waste Managementin Dhaka, Bangladesh’’Internationalsession ofJapan Society of Material Cycles and Waste Management,2008
3.石井明男,荒井隆俊,他「地域住民の慣習,民間収集業者の業務と協調しながらのダッカ市の収集改善の取り組みについて」第22回廃棄物学会研究発表会,2011
4.長岡耕平,石井明男,他「様々な収集方法の変化が与える影響についての考察(収集方式が与える地域への影響)」第26回廃棄物学会研究発表会,2015
5.東京都清掃局「資源回収モデル事業 中間のまとめ」平成9年
注)
※1 ダッカ市の最小行政単位はワード(区)であり,ワード番号によって地区名を表している。2011年にダッカ市は南北に分割され,現在は,北ダッカ市54ワード,南ダッカ市75ワードに分かれている。
※2 長岡,石井「様々な収集方法の変化が与える影響についての考察」2015
※3 2018年の無償資金協力によるコンパクター導入時には,さらに35ヶ所のダストビンと18台のコンテナが撤去された。
(次号に続く)
※八千代エンジニヤリング