屎尿・下水研究会

TOP

屎尿・下水研究会の概要

お知らせ

発表タイトル

特別企画

企画図書類

更新履歴


読み物シリーズ


シリーズ ヨモヤモバナシ



廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第4講:WBAがダッカ市にもたらしたものとは

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 今回は「クリーンダッカ・マスタープラン」の二本柱の1つであり,ダッカ市の廃棄物管理の特徴であるWBAについて深掘りしていきたい。

13. ワード・ベースド・アプローチ(WBA)の着眼点

 WBAの導入はダッカ市にとって大きな改革である。1,200万人の大都市で,運転手は勝手にごみを収集し,不法投棄する。道路清掃員は2時間ほど道路清掃をしたら帰ってしまう。埋立地は大きなゴミ捨て場という状況で,どのように統制を取ってゆくか,知恵の絞り所である。有効な解決策は多くなく,その一つがWBAであった。



 WBAはワード(区)単位で清掃事業を管理する考え方で,現場で清掃事業を強力に推進するのが特徴である。時々,どうして現場で清掃事業を管理しようと考えたのかと質問されることがある。東京都と比較しても,1,200万人を擁するダッカ市は都市人口が多くかつ密集しており,その清掃事業を管理してゆくことは容易ではない。そこで,誰もがわかりやすい既存の行政区であり,管理しやすい人口規模であるワード(区)単位での廃棄物管理を考えた。しかし,実施段階になると,実際に誰が主体となって管理するのかが問題で,2005年のマスタープラン策定時には解決策を見つけられずにいた。当時は廃棄物管理局の管理職が清掃事業を管理するという考え方が一般的であったが,現場の問題を肌感覚で理解している現場職員が収集改善に取り組む必要性を漠然と感じていた。

 
コンテナ置き場がなくなってきたので小型で機能的なコンテナを開発した

 ワードごとの管理について,2005年のマスタープランのフォローアップ時にも議論した。このような考えをどう作り上げてゆくかを検討した時に,2007年から実施する技術協力プロジェクトでは,廃棄物収集運搬を中心に活動を行うのが良いのではないかという方向性がまとまっていった。其時に再び,大都市の清掃事業をどのように実施してゆくか,まず事業実施単位をどうするかを議論した。例えば東京都では,廃棄物収集運搬なら23区単位,下水道なら河川で区切られた下水道処理区で実施している。事業の特性に合わせた実施規模を見極めることが重要であり,規模が大きすぎても,小さすぎても適切な管理が難しくなる。

ごみの積載部分を稼働にしてローディングが簡単になるようなリキシャバンを開発した

 そこで,日本の事例を勉強するため,自治省のデータをあたってみた。なかなか明確な根拠となる基準を見つけることはできなかったが,参考例として清掃工場(ダイオキシン処理を除く)の運営は100,000〜300,000人,収集を含む清掃事業は80,000〜100,000人など,事業別に実施単位を示したデータが見つかった。他にも小学校や病院,特養ホームなどのデータがあった。当時ダッカ市は90区に分かれており,各区の平均人口は10万人程度であったことから,ワード単位で清掃事業を管理することを決意した。それとて現場単位で実施するということに自信があったわけではない。

14.清掃行政と「民主的な地方自治」

 清掃行政は「民主的な地方自治」を体現していると言われる。あまり馴染みのない言葉で政治や選挙を想像するかもしれないが,ここで言いたいのは「自分たちの出したごみは自分たちで処理する」という基本原則で,地方自治の精神にも廃棄物処理法の精神にも共有している。例えば,東京都では1970年代にゴミ戦争を経験した。この時,東京都は清掃工場や最終処分場の建設に際し,強い住民反対を経験する。この経験を通じて,都は住民との対話や協働のやり方を学んでいき,「自区内処理の原則」が明確に打ち出された。ごみ問題は誰にとっても身近な問題であるからこそ,住民にとって清掃事業は民主的な地方自治(あるいは住民自治)の実践の場になっている。翻ってダッカ市の清掃事業を見ると「民主的な地方自治」が実現しているようには思えず,WBAを通じて住民参加を促し,ワードごとの連帯感や責任感を醸成することが,持続可能な清掃事業にとって重要であると考えた。その象徴が地域の清掃事業の中心となるワード清掃事務所である。

15.最初のワード清掃事務所の建設

 WBAは大きな改革だからこそ,いったん実施したら後には戻れない。しかし正しい回答は誰も分からないので導入方法を慎重に検討した。最初2つのワードで導入を試みた。ワード清掃事務所の用地をやっと見つけたが,ひとつのワードでは,住民説明会を実施したところ,清掃事務所の場所がモスクに近く学校に前だったため反対運動がおこり,建設を断念せざるを得なかった。住民反対の理由は,道路清掃員のたまり場になるのが嫌だったからだという。もうひとつのワードでは,既存のほとんど壊れかけた道路清掃員の休憩所を,清掃監督員(CI)たちが自ら改築し,窓を作り,キャスターを塗り,ペンキを塗り,清掃事務所に仕立てあげた。

ワード清掃事務所と清掃監督員(CI)

 ワード清掃事務所を使って具体的に何をしてゆくのか,概念的な説明をしてもCIに上手く伝わらなかった。そこで,具体的な行動を説明するために,WBAを1〜4の活動に分けて説明した。この説明が有効に機能し,実際に何をすべきか理解したCIは,WBA1〜4を自分たちで実施できるようになっていった。道路清掃員は,供与されたマスクや手袋などの安全具を清掃作業時に常時着用するようになり,住民との活動は活発になった。このような目に見える変化が生まれ,ワード清掃事務所の利点はダッカ市職員,JICA関係者,プロジェクトチームに強く認識されるようになっていった。

16.WBAの役割とその社会的意義の考察

 これまでは敢えてWBA1〜4の活動に直結する部分以外は評価を避けてきたが,WBAを開始したのが2007年10月頃だとすると,WBA導入から12年経過しているので,そろそろ本格的にWBAの評価をしても良い時期かもしれない。思考実験的になるが,まずはプロジェクトに関わる当事者の立場から,WBAがダッカ市の廃棄物管理改善に果たした役割とその社会的意義について改めて振り返ってみたい。これまでにもWBAについては様々な角度から議論されてきたが,社会科学的な視点からの分析は十分とは言えない。そこで大胆に発想を広げ,組織文化や社会の変化を含めて,ループ図を使ってWBAの構造の分析を試みた(図1)。

図1  WBAの因果ループ図(Casual Loop Diagram)

1)WBAによる収集改善モデル
 ループ図はロジカルシンキングの直線的な問題解決が当てはまらないような問題の構造を可視化するために使うもので,問題の根源や悪循環を説明するのに適している。例えば図2-1は清掃の質と住民満足度のループ図である。清掃サービスの質が悪いと住民満足度は下がり,苦情が増える。市役所に寄せられる苦情に適切に対処すれば,住民満足度は現状維持もしくは向上し,苦情は減るので事態は収束する(バランス型)。しかし,ダッカ市では住民からの苦情が直接,廃棄物管理局長に寄せられており,局長が全ての現場指示を行うため非効率で,収集改善が適切に行われていなかった。このため,清掃の質は向上せず,住民満足度がさらに低下する悪循環に陥っていた。そこで,WBAでは住民の苦情窓口を各地のワード清掃事務所とすることで,悪循環を断ち切り,収集改善の効率化を図っている(図2−2)。
 また,ワード清掃事務所で住民の苦情対応を行う体制に変わったことで,それまで局長が行っていた運輸局との調整をCIが行うなど,CIの職務範囲を広げる必要性が生じる。現場のエンパワーメント(権限委譲)を促進することもWBAの特徴の一つである(図2−2)。

図2-2 WBAによる住民満足度ループ(その1)


図2-2 WBAによる住民満足度ループ(その2)

2)現場のエンパワーメントと社会的価値観の変化
 廃棄物管理局の本局から現場に権限を委譲するためには,権限を受ける側であるCIが内容を理解し,実施できなければ意味が無い。「権限受容説」である。WBAを4つの活動に分けた明解な説明や優秀なCIを集めたWBAコアグループの組織化には,権限を受け取る側の能力強化という側面もある(WBAコアグループはダッカ市の通達によって正式に組織されており,それ自体が権限委譲の形態の1つである)。
 従来,CIの役割は清掃員の監督(朝の点呼や清掃作業完了の確認)のみであり,ダッカ市職員はCIにそれ以上の管理業務ができるとは誰も考えていなかった。このようなダッカ市に根付くCIへの偏見が変わらない限り,CIがWBAを実施するために必要な権限委譲は行われない。一方,CIには現場を改善するための活動予算も権限もないため,現場管理能力を示す機会が無く,CIへの偏見が強まる悪循環となっていた。また,既得権益による組織の硬直化も相まって,より問題を複雑化させていた。
 WBAの特徴は現場の目に見える変化(収集改善活動)と構造的な変革(市役所職員の意識改革や現場のエンパワーメント)の両方にアプローチすることで成果(清掃の質の向上)を達成している点である。一度固定化した認識や硬直化した組織体制を変えることは容易ではなく,変化として目に見える形で出てくるまでには時間がかかる(ループ図では,成果の発現に時間がかかると想定されるパスには斜線を入れている)。
 成果の発現に時間がかかる例として「清掃事業実施細目」がある。清掃事業実施細目は行政手続きマニュアルであり,WBAの一環として技術協力プロジェクトで支援し,整備を行った。ダッカ市役所内の予算申請手順や承認権者を整理したマニュアルであるが,この運用がなかなか市役所で定着しない。一義的には行政手続きの効率化を目的としているが,その実,明文化された法規則に基づく行政執行を行っていないダッカ市役所の組織文化そのものを変えるための取組みであり,CIが理不尽に活動を制限されたり,清掃員の劣悪な労働環境が見過ごされることがこれ以上無いよう,法や規則を武器に市役所全体を変えていくための仕掛けとしての役割を期待している。

図3 WBAの社会的価値観に関するループ図

3)価値観の変化の象徴としてのワード清掃事務所
 清掃の質の向上のためには,収集改善と合わせて道路清掃などの清掃改善が必要である。実際に道路清掃を行うのは清掃員であり,彼らまでWBAが浸透しないと意味がない。ワード清掃事務所を最初に建設するときには,清掃員をとりまとめるCIの能力を最重視し,清掃活動が困難な商業地城,従来協力が得られにくかった集合住宅,住宅密集のオールドダッカを選定してワード清掃事務所を建設していった。ワード清掃事務所の建設で最も困難であったのは用地取得であった。住民説明会を開催し,本局や市役所内の意思決定者を説得して回り,国から用地証明を取り付けるなどの段取りが必要であった。それでも徐々にワード清掃事務所の効果が認識され,2013年3月まででダッカ市で2ヶ所,プロジェクトで15ヶ所建設ができた。2019年時点では,南北ダッカ市合計で49ヶ所まで拡大している。

清掃員の交通事故が多発した時期に,4人グループ作業を指導した

 ワード清掃事務所を建設することにより,住民の苦情窓口としての役割だけでなく,CIや清掃員にとっての居場所ができた。CIは自らの仕事に誇りを持つようになり,清掃員の所属も各ワード清掃事務所に移管された。CIが清掃月の処遇改善に取り組むことで,清掃員のモチベーションが高まり,清掃サービスの質の向上に繋がっている。
 先に述べたとおり,WBAは現場の目に見える変化と構造的な変革の両面からアプローチするのが特徴である。ワード清掃事務所はWBAの地域拠点として関係者に理解されやすい存在であると同時に,その建設過程そのものがダッカ市の組織文化や職員の意識の変化など,目に見えない価値観の変化を象徴している。

図4 WBAの拠点となるワード清掃事務所に関するループ図

4)WBAモデルの応用性
 結局のところ,WBA導入当時,関係者全員が何から手を付けたら良いか分からなかった状況であったところに風穴を開け,悪循環を好転させるきっかけになったのはCIの存在と彼らのやる気だった(図1の「C正義のループ」)。少し話は飛躍するが,WBAはCIを中心にループ@で問題を解決可能な形に読み替え,その結果ループBで成果を具現化することができ,その成果がループCで社会的認識や価値観を変え,ループAの根本的な問題を解決し,ループ@に戻って清掃の質の更なる向上に繋がる,という4層のサーキュラーな問題解決のデザインだと言えるのではないか,というのが今回の分析から得た結論であり,社会に投げかけたい提案である。
 ここで補足したいのは,このモデルの考え方は収集改善以外の課題にも当てはまることである。例えば,東京都であれば「清掃工場の建設」を中心としたモデルになるだろう。WBA活動1〜4を前提に考えていると,収集改善以外に応用展開できない。WBA導入当時,地域の廃棄物管理の共通課題は清掃改善であり,住民と市役所,市役所本局と現場,廃棄物管理局と他局など,様々なステークホルダーが関係する課題であったことから,目に見える成果と同時に「民主的な地方自治の実現」というWBAの構造的なアプローチにも与することができた。WBA自体はアプローチの考え方を示すものであり,その活動内容は社会的潮流を捉えて再構築されるべきものである。現在,南北ダッカ市は処分場の延命化のため,清掃工場の建設やごみ減量化などの新たな課題に直面しており,これらの社会の流れ踏まえたWBAのあり方を考える時期が来ている。

5)WBAモデルの応用展開と事業実施単位
 話は逸れるが,コミュニティを一定の居住地単位の組織で住民が強い帰属意識をもつ単位と定義すると,ダッカ市にはコミュニティという概念がほとんどみられない。伝統的にはボンチャイトが地域コミュニティの形態で旧市街地(オールドダッカ)には現在も残っている。その他にショミティという相互援助グループや,新興住宅地や公務員住宅地にはソサイエティと呼ばれる自治会などは存在しているが,ある一定の地域内の全住民を対象とするようなコミュニティ組織はほとんど存在していない。そこで,WBAではワード内の地域をいくつかのコミュニティ・ユニット・ワーキング・グループ(CUWG)に分けて住民啓発活動を行うことを提唱している。この辺りにも「民主的な地方自治の実現」という精神が表れている。
 WBAはワード単位での廃棄物管理と定義されるが,その対象人口は逆説的に「清掃事業を前提として」デザインされている。コミュニティ活動はより小さな単位で実施すべきであることから,CUWGを提唱しているという側面もある。一方,例えば,清掃工場の建設を前提とするならば,事業実施単位は現在のワード単位よりも大きくなる。WBAが定着し,CIに求められる役割が変化するなかで,現在は,ワードを基盤としつつ,複数のワードを管理するゾーンの能力強化を同時に図っている。

6)数理工学的なアプローチによるWBAモデル
 今回は社会科学的な視点からWBAモデルの分析を試みた。これは援助関係者の視点(参与観察)に基づく評価であり,実施主体であるダッカ市職員がWBAをどう評価しているかを知り,考察を深めていきたい。また,同分野での議論を深めるとともに,将来的には,クリーンダッカ・プロジェクトでつくり上げた廃棄物管理局とWBAが,経済や社会の変化,変貌にどのように対応して現在に至ったか,また,時間変化による多くの外乱に対してどう対応してきたか,数理工学的なアプローチから適正なモデルを作ってサステイナビリティを評価したいと考えている。


参考文献
佐々木信夫「自治体をどう変えるか」ちくま新書,2006
堀井秀之「問題解決のための『社会技術』−分野を超えた知の協働−」2004

(次号に続く)

※八千代エンジニヤリング