読み物シリーズ
シリーズ ヨモヤモバナシ
廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第2講:廃棄物管理マスタープランの目指すところは
講話者:石井明男・小谷倫加恵*
コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)
前回に引き続き,バングラデシュ国ダッカの廃棄物管理マスタープラン「クリーンダッカ・マスタープラン」についての話をする。組織・意識強化の活動の考え方の前提が分からない,というところで前回は終わったのだが,そのヒントとなる「社会調査」での試行錯誤から話を始める。
4.「社会調査」で何を問うべきか
社会調査は,これから作るマスタープランの背景をなす社会情勢,教育水準,バングラデシュ人の気質,宗教がらみの社会的慣習,文化,住民意識などをあぶり出す調査で,どうすれば持続可能な廃棄物管理システムを構築できるかのヒントを得るための調査である。日本でいう意識調査も併せて行う。
社会調査は,現地の人と接してそこから社会の特徴や社会を形作っている文化を聞き出してまとめるのだが,社会調査を担当しているメンバーに同行して現場のヒアリングをやってみると,バングラデシュ人の気質・価値観を具体的な言葉に表すのは,とても根気のいる仕事だとわかる。辛抱強く相手の話に耳を傾け,何度も質問を繰り返しながら,時に回答者自身も自覚していなかった核心に迫っていく。ヒアリングを行う時には,相手の理解度に合わせた質問の仕方に留意をしなければならない。相手は一人一人違うので,同じ質問をしても内容や意図がうまく伝わらなかったり,逆に回答者が「質問者はこう答えて欲しいだろう」と回答を付度してしまったり,といったミスリードが起きる。
また,清掃事業の成功度合を図る指標として「住民の満足度」が一般的に使われているが,これがまた質問の仕方で混乱を招くことがある。満足度というのは非常に暖味かつ相対的な数字で,例えば,プロジェクト実施エリアでは教育,訓練をすればするほど清掃事業や衛生に関して知識や意識が向上していったが,一方で,住民の満足度の基準が高くなったことから,結果として初期に実施した調査時の満足度よりプロジェクト終了時の満足度が下回ってしまったことがあり,結果だけでは満足度の説明がつかなくなったことがあった。
しっかりした目的をもって上手に設計しないと意味の無い調査になりかねないという教訓である。
ワード清掃事務所でのコミュニティ会議
5.「自助努力」と「安定性かつ持続性」を兼ね備えた清掃事業のあり方
我が国の支援は,「相手国の自助努力」を重要視する。筆者も非常に重要なことだと考えている。日本の支援が終了しても,一層の強力な推進力をもって自分たちの持てる力で事業を進めていく力を残しておかなければならない。
では,どのように相手国の自助努力で一層発展的に事業を推進できるようにするか,そしてそれをどのように促すか。ダッカ市の清掃職員が,清掃事業を通じて社会に貢献していることを自覚し,自らの仕事に誇りを持ち,自分たちの力で清掃事業が作り上げられるようなマスタープランをつくることはできないかと考えていた。
また,清掃事業は公共サービスなので,事業が安定的に行われること,すなわち,「事業が途切れず,社会や経済の変貌にも対応できるような『システム』としての清掃事業が,自身で適応し,修復しながら,継続的に事業を実施できる」ようにするにはどうしたらよいかを考えていた。
この「自助努力」と「安定性かつ持続性」を兼ね備えた清掃事業のあり方について,当時は答えを得られなかったが,マスタープランの実践(実証実験)や,筆者がかつて所属していた東京都清掃局の事業活動から考えてみた。
6.マスタープランが持つべき要件とは
マスタープラン策定支援や技術協力プロジェクトというのは制度改革,事業改革そして意識改革までもが常に伴う活動である。マスタープラン策定の過程で,また策定後の技術支援によって,相手国政府機関の中で制度改革や事業改革が浸透し,既存の制度が変わっていく。また,マスタープラン完成後も,同計画に基づいて将来にわたって清掃事業の「安定性」は保たれなくてはならない。清掃システムが変化していっても必ず安定する方向に向かうようなシステムにすることを考えた。
図1 ダッカ市における廃棄物管理事業を取り巻く技術的・社会的ニーズの変化
WBAを始める前の清掃監督員は清掃事務所もなくバイクで監視していた
定時定点収集を始めた頃の様子
住民説明会のようす
無償資金協力で供与されたコンパクターで収集
図1に示すように,ダッカ市の清掃事業は社会の変化に応じていくつかの転換期があった。注目すべきは,ごみ発生量の増加に伴う技術的な廃棄物管理ニーズの変化と,住民意識や社会の成熟度の変化は,必ずしも一致していないということである。
マスタープラン策定後,ごみ発生量の増加に伴い,埋立地改善や収集改善などの適正処理に向けた支援,とりわけハード面での支援が数多く実施された。同時期,ごみ問題が顕在化してくると,それまで無関心だった住民の清掃サービスに対する関心が高まり,知識も増加してくる。そうすると,住民からの苦情や不満が頻発し,当時,市役所側のマネジメント能力向上が追い付かなかったこともあり,機材をいくら投入しても問題は解決しなかった。課題の後追いでは問題は解決できないし,機材投入にも限界がある。
時代は参加型開発の全盛期で,マスタープランにも参加型廃棄物管理が謡われている。参加型とはなにか,を考えると分かるようで分からなかったが,バングラデシュのカルチャーであるトップダウンによる廃棄物管理は既に限界に達しており,住民の協力が無ければ清掃事業を適切に実施することがもはや困難な状況であった。そこで,清掃監督員という現場リーダーと住民が協働し,清掃事業を現場で監理してゆく仕組みが有効であると考え,WBA(ワード・ベースド・アプローチ)と名付けた。現場を軽視するバングラカルチャーを覆す現場主体の大改革である。このWBAが,システムの安定性を支える土台になると考えた。そして,WBAの実施主体である清掃監督員が力をつけてゆくに従い,状況の変化に合わせながら体制を立て直すことが出来るようになってゆくと考え,現場で根気強く支援を行った。
図2 清掃行政における「社会・組織・個人」の能力強化のあり方
WBA導入から10年以上が経過した現在,実際にこの仕組みが定着し,現場で効果を発揮している。WBAの重要性を実感したダッカ市(現在の南北ダッカ市)も,実施の当事者の清掃監督員も,清掃事業のシステムとしての安定性が土台にあるので,事業推進に自信をもってきている。前回技術協力プロジェクト(*1)が完了した2013年時点で,WBA推進の中心であるワード清掃事務所は15ヶ所であったが,現在,南北ダッカ市の自助努力によりワード清掃事務所は49ヶ所まで拡大している。
清掃監督員の拠点となるワード清掃事務所の開所式には地区長やメディアも参加した
清掃監督員によるクリーナーへの安全衛生指導のようす
マスタープランのもう一つの柱は,廃棄物管理局(WMD)の新設である。清掃事業は,繰り返しになるが,往々にして,経済が発展してゴミ問題が露呈してその後始末になることが多い。つまり,ゴールを決めてその解決に向かうことが多い。しかし,清掃行政としての問題解決のアプローチは違う。ゴミ問題は,その発生メカニズムが多様で,しかも連続的に起こるので,次々に発生する大小さまざまな問題を次々に解決しながら事業を進めなければならない。これも清掃事業・清掃行政の特徴である()。
既存の組織構造では,清掃,収集運搬,処理,処分と組織が分かれており,廃棄物管理は統合されておらず,非効率であった。また,縦割り行政のため,担当以外の問題,例えばごみ減量や中間処理などの新たな課題には対応できない構造であった。廃棄物管理局の設立によって,ゴミ問題に関わること全てを統合的かつ責任を以って推進できる母体ができた。
組織の重要性は当時から認識していたが,当時できなかったことに,職員の能力開発がある。個人へのトレーニングには限界があり,清掃事業の実践を通じて職業能力を向上していく組織のあり方が重要であると考えていたものの,その効果的な手法がわからず,どういう風にマスタープランに盛り込むかもわからなかった。このことがわかれば実現の確度が高いマスタープランになるのではないかと考えていたが,その後,マスタープランに能力強化が明確に打ち出されるのは,2019年のマスタープラン改訂を待つことになる。
7.「組織」の能力強化
「組織」の能力強化とはなにか。例えば,衛生的な収集改善のために新たにコンパクターを導入するので,自動車整備士向けの職業訓練を行う。これは,個人が知識や技能を習得(向上)することを目的としており,課題が明確な場合は効果的であるが,先に述べたように清掃行政においては,問題(社会ニーズや課題)が発生してから対応していては問題解決が間に合わない。顕在化した個別の課題解決ではなく,潜在的な複数の課題を脩瞰し問題に事前に対処するためには,図2に示すように,社会の変化を先見的に捉え,柔軟に適応できる組織やシステムが重要であり,この「変容する組織」の要求レベルに応じて自己を高めてゆく仕組みや仕掛けが必要である。
筆者は東京都での経験から,「実践から学ぶ」ことが重要だと考えている。「役割が人を育てる」という言葉があるが,清掃行政,清掃事業の現場を動かしていると,様々な立場の人(それは住民であったり,市長であったり,同じ部署の同僚や他機関の職員であるかもしれない)と関わる機会が生まれる。こうした人々との関わりの中で,担当者はごみ問題を解決するという自身の社会的役割を自覚し,「清掃行政」を担う中核人材としての自己像(アイデンティティ)を強固にしていく。清掃監督員の誇りや自信は,このような過程から生まれ,それがまた組織を一層強くしている。
言い換えると,清掃行政における「組織」の能力強化とは,職員の「組織=実践共同体」への参加を通じた学習の過程であり,また,清掃行政における個人,組織,社会・制度の関係性を再構築することで(社会的役割の再定義),自己実現と清掃事業の自己組織化を両立させることである。この精神に基づき,2019年のマスタープラン改訂では,随所に清掃行政としてあるべき姿や社会的役割を示し,組織・制度の能力強化の方針を明確に打ち出している。
8.ヘンリー・リーブマンに学ぶ「清掃事業のシステム化」
筆者は,援助の現場で清掃行政・清掃事業と真剣に向き合い,悩み,その度に,偉大な先人の智慧から多くを学んだ。ここからは,マスタープランの考え方に多大な影響を与えたヘンリー・リーブマン氏の東京都における技術指導について紹介したい。
昭和35年(1960年)に東京都は,清掃事業の改善指導を目的にヘンリー・リーブマン氏を招聘した。わずか17日間の滞在だったが,彼の来日はその後の東京都の清掃事業に大きな影響を与えている。その講演録()は一部の東京都職員に今日まで読み継がれており,筆者も何度読んだかわからない。
様々な提言を残したヘンリー・リーブマン氏であるが,その中でも筆者は「清掃事業のシステム化」に関する提言が最も大事なことであると思う。
清掃事業のシステム化とは「収集・運搬・処理・処分」を一貫して行うことであると考えていたが,ダッカで清掃事業改善に取り組んでいるうちに,どうももっと深い意味であるように思われてきた。これについては次回に書きたい。
(次回に続く)
*1JICA「ダッカ市廃棄物管理能力強化プロジェクト(クリーンダッカ・プロジェクト)」(2007年〜2013年),現在,対象都市を拡大し「南北ダッカ市及びチッタゴン市廃棄物管理能力強化プロジェクト」(2017年〜2021年予定)を実施中である。
東京都の清掃技術 −その原点を語る− 2000年3月 東京都縛掃局(非売品,私家版)
ヘンリー・リーブマン講演録 昭和36年東京都清掃局(非売品)
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ヘンリー・リーブマンのこと
昭和35年10月14日から10月31日まで,東京都の招聘で,ニューヨーク市清掃局の次長(作業部長)であるヘンリー・リーブマンが来日して東京都清掃局を指導した。最初に第五工場(石神井工場)を視察,図面等を見て詳細な指導をしている。次に日本橋,神田,浅草,淀橋清掃事務所に行き,市民参加の必要性などを説明している。そして芝浦,東品川ごみ取扱所,杉並,世田谷地区の収集現場を視察,8号埋立地,夢の島を祝察して,NHKにも出演している。ニューヨーク市の清掃事業についての説明など,短期間ではあるがその後の東京都の清掃事業に多くの示唆を与えた。その講演録や報告書は,今日でも東京都職員に読み継がれている。余談だが筆者は東京都に入って10年たったころ,コピーがつぶれてところどころ読めないこの報告書を繰り返し読んだ。
ヘンリー・リーブマンは,当時の東京都の清掃事業の問題点を,@収集では厨芥・雑芥の分別収集と手作業での収集作業をしていること,A建設現場,道路や店先にごみが散乱していること,B清掃作業員の処遇が悪いことであると指摘している。
リーブマンは収集方法を混合収集とし,蓋付きの容器を使うようにとの意見を述べた。その後東京都は、今までの厨芥・雑芥の分別収集をやめて混合収集にし,設置式のごみ箱を廃止して,容器収集を始めた。それは清掃作業員にとっても手作業という非衛生作業から解放される契機になった。ごみの散乱対策としては「ニューヨークの衛生パトロール」をモデルとして巡回を実施し,違反者を取り締まることを推奨している。また,清掃作業員について,リーブマンは多くの提言を残している。職員が使命感を持って仕事に従事するようにすべきであること,ごみ収集作業を機械化すること,労働安全衛生の体制を整え,清掃作業員には高給と昇進の機会を与えること,清掃作業員の意識改革をするべきであること,といった提言を行っている。また住民参加についても多くの提言を残している。
東京都はリーブマンの指導を真撃に受けとめ,かなりの部分を実現している。丁度昭和30年代は東京都もごみの収集,運搬の機械化に取り組んでいた時期である。また機械化清掃工場の建設にも取り組んでいた時期でもある。昭和39年の東京オリンピックを4年後に控えて,街中のごみ箱の撤去が急がれていたので,容器収集の実施は確実に進んでいった。
リーブマンがもっとも言いたかったことは,「清掃事業をシステム化することが重要である」ということであった。
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※八千代エンジニヤリング