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廃棄物分野の海外技術協力である「クリーンダッカ・プロジェクト」に携わって
第1講:廃棄物管理マスタープランの作成に向けて

講話者:石井明男・小谷倫加恵*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

 2000年から現在に至るまで,独立行政法人国際協力機構(JICA)はバングラデシュ国ダッカ市において,技術協力プロジェクト,無償資金協力,債務削減相当資金,JICA海外協力隊など,様々なスキームやプログラムを通じて廃棄物分野の支援を行ってきた。この一連の廃棄物管理改善のJICA支援を関係者では「クリーンダッカ・プロジェクト」と呼んでいる。JICAの支援が様々な角度から継続的に行われてきていることはダッカにとってとても幸運なことである。2003年からの開発調査(マスタープランを作るための情報収集)を終えて2005年に「クリーンダッカ・マスタープラン」(2015年を目標年とした10カ年計画)を策定した。マスタープラン実現を支援するためにJICAは2007年から2013年まで7人の専門家で構成される技術協力プロジェクトチームをダッカに派遣した。
 この「クリーンダッカ・プロジェクト」は,2013年に,(一社)海外コンサルタンツ協会から,優秀プロジェクトとして「海外コンサルティング功労賞」の表彰を受けている。参加型開発プロジェクトの成功例として成果を上げたことが理由であった。さらに,JICA研究所で出版しているプロジェクト・ヒストリーシリーズとして,「クリーンダッカ・プロジェクト ゴミ問題への取り組みがもたらした社会変容の記録」という書名で2017年に出版されている。その後,この「クリーンダッカ・プロジェクト」で書ききれなかったことを,2018年4月から月刊誌「生活と環境」に12回の連載で深く掘り下げている。
「クリーンダッカ・プロジェクト」の社会的反響は大きく,2018年6月に日経の記事で早稲田大学北野教授によりプロジェクトの活動の論評が紹介された。
 そのほか「水道公論」でも活動の意味について詳細な論評がなされた。2019年冬期の官邸広報誌「We are Tomodachi」にも紹介されている。最近では,2019年6月に廃棄物資源循環学会で「クリーンダッカ・プロジェクト」の書籍が平成30年度学会賞,著作賞を受賞している。

コンテナ周りのウエストピッカー

 2003年から2013年までの支援でダッカ市役所の中に廃棄物管理専門の組織である「廃棄物管理局」が設立され,更にダッカ市にある90の行政区(ワードと呼ぶ)にワード清掃事務所を建設し,現場のワード毎の廃棄物管理体制を構築した。これは大都市であるダッカ市の清掃事業を進めるうえで現在まで重要な役割を果たしている。現場の活動の中心になるワード清掃事務所は,2012年当時はプロジェクトで建設した14ヶ所に過ぎなかったが,2019年現在はダッカ市の力で47ヶ所にまで増えている。勿論,ワード清掃事務所の建設はダッカ市の予算で行われている
。  また,債務削減相当資金という予算,合計およそ20億円を活用して,南北に2つの埋め立て処分場(一ヶ所およそ25ha)を建設している。同時期に環境プログラム無償資金協力で100台の収集車両が日本政府から供与され,車両の修理工場も建設された。また,現場の清掃活動の組織化には青年海外協力隊(当時,現JICA海外協力隊)(JOCV)も合計16名が参画し,大活躍してくれた。
 また当時何とかしなくてはならなかった医療廃棄物処理に対してもJICAは支援の手を差し延べ,2回の草の根無償の支援で収集車両,簡単な処理施設の建設などが行われた。
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ダッカという都市(2003年当時)
☆ バングラデシュ国の首都
☆ バングラデシュ国はインドの東に位置する
☆ イスラム教徒が多い
☆ 人口は約1,200万人
☆ 広さ131平方m2
☆ 90の行政区(ワード)がある
☆ 南(ダッカ市外)の巨大な埋立地がある。ダッカ市にはとくに廃棄物処理を専門に行う組織はなかった
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 筆者がプロジェクトに参画した2003年ころから話を始める。

1 開発調査とマスタープランの策定

 最初の仕事はマスタープランの作成である。廃棄物分野のマスタープランについてどのようなイメージをお持ちだろうか。言葉はわかっても日本人にはなじみのない概念ではないかと思う。一般廃棄物処理基本計画がそれにあたるのではという方もおられると思うが,途上国でのマスタープランは,社会背景や位置づけが日本と全く異なる。途上国では,それまで清掃事業に関するまとまった情報もなく,それまで計画らしい計画もなく,また組織や制度もしっかりしたものもなく,人材も希薄である状況の中で,清掃事業を将来に渡って推進してゆくために作るのだから,カバーすべき内容は多く,仕事量は膨大である。計画対象期間の2005年から2015年の廃棄物管理計画だけでなく,ダッカ市の遠い将来をみすえた将来構想から,具体的な施策までも言及するものである。
 マスタープランの作り方やその内容は,時代背景や都市の状況,今までやってきたこと,市民の長い間の意識の違いなどが大きく影響するので一概には言えない。
 すこし話はそれるが,筆者は1992年から1995年までの3年間JICA専門家としてインドネシアの中央政府(公共事業省)で働いた経験がある。インドネシア国の廃棄物分野の技術指導を行うためである。当時JICA支援により1987年にジャカルタ市の廃棄物管理マスタープランが策定されていたが,筆者の目から見ると収集改善や制度についての記述もあったが,主な骨子は中継所を作り埋立地を建設するという内容であったように思う。つまり施設建設を行いながら事業を進めていくという内容になっていた。この時代はジャカルタ市も埋立地をもっていないし,その埋立地はジャカルタ市の隣の市にあり距離も遠いので,この戦略は当時の状況に合致していた。また,廃棄物管理(清掃事業)はジャカルタ市の中でも優先度が低く,重要なアプローチであったように感じた。マスタープランの作り方は時代背景や事業形態に左右される。
 ダッカ市の事業に話を戻す。2003年から開発調査を実施した。開発調査とは,マスタープランを作るために必要なデータを収集する活動である。調査団のメンバーが現地を踏査して自身の目で状況を確認するところから始まる。調査団は現地スタッフを雇用し,フィールドに毎日一緒に出かけて現場で一緒に聞き取りなどを行い,自分の目や耳で感じて考えることになる。

一次収集人

 国が違えば廃棄物事業はすべてが違うといっても過言ではないくらい何もかも違うので,自分で感じて考えることが重要である。聞いた話や既存文献ももう一度見てみないと真偽がわからないというのは,今までの経験でわかったことである。
 例えばダッカでは家庭からわずかなお金を貰いごみを集める「一次収集業者(一次収集人)」がいて,リヤカーでごみをコンテナまで運ぶ。そこから市役所は収集車両で埋立地までごみを運ぶ。一次収集人が収集の一部を担っている国はあるが,ダッカの当時の一次収集人は毎日収集に来るという考えもなく,ましてや時間通りに来ることはないし,有価物を集めるためにごみを道路にひろげるのでどちらかというと住民には嫌われていた。しかし,その便利さから,少しずつ一次収集人の活動エリアは広がっていた。日本の常識とは違う清掃形態である。
 現地の考え方,文化も違うので,相当な現地踏査,調査をしないとダッカ市の清掃事業の全体像がつかめないし,完全でないにしても全体像が頭の中で描けないと先に進めない。その現地踏査が出来た上で現地再委託調査をするくらいの気持ちで業務委託に取り組む必要がある。また委託調査会社もどこもごみの調査などはやったことがなく,委託業者を決める前にも後にも手とり足とりの相当な説明や指導が必要である。現地の業者を育てることも重要な仕事であるので相当に粘り強い指導を行っている。
 ある程度現地の状況がわかり現地調査に目途がついたら,不足データやわからないことを埋めていくために現地の調査会社に委託して調査を進める。

2 マスタープランを作成するのにどのような調査と知識が必要なのだろうか

 ではどれくらいのデータが集まればマスタープランができるのか。全体像を設計していくのだがこれをどこかの時点で判断することになる。
 ごみが一日どれくらい出ているか,どの地域が多いか,ごみはどんなものがどれくらい出るか,収集はどのように行っているか,収集車両はいつ購入したか,職員が何人くらいで,どのように清掃事業を行っているか,清掃事業を実施する組織はどうなっているか,法制度はどうか,埋立地はどうなっているか,将来どの位ごみが増えてゆくか,ドライバーや作業員の給料がいくらか,清掃事業の社会的地位はどうか,予算はどれくらい使っているか,住民のごみに対する意識はどうが,清掃サービスに不満があるかなどを,詳細はわからなくても常識程度の感覚を現地踏査で身につけてから,マスタープランを策定してゆくのに必要なデータ収集のために再委託調査を行う。
 また,一口にマスタープランといっても,開発途上国のマスタープランをどういう風に作っていくのか,チーム内でも何度も議論したが,当時十分に納得の行く答えは生み出せなかった。答えは出なかったものの,議論の内容や過程は重要であった。
 当時,他国で廃棄物管理マスタープランをいくつか作った経験のあるメンバーが,「いろいろなマスタープランがあるがあまり実現されていないような気がするが」という問いかけをした。筆者が知っている限りでもあまり数は多くないとは思っていた。そのことは,とても印象的だったので,2017年に上梓した「クリーンダッカ・プロジェクト」にも記述したので参考にしてほしい。
 マスタープランを作成するのに,ごみの排出量は必要である。また,将来人口推計も重要である。ごみ質調査も重要である。そこで「ごみ量ごみ質調査」を実施するが,問題はサンプル量である。3,000サンプルを抽出した。家庭ごみは所得別3段階に分けサンプルを抽出した。また,その他ごみは道路ごみ,マーケットごみ,事務所ごみなどのサンプル抽出場所に分けて行った。当時のダッカ市の人口は約800万人で,得られたデータから,統計の検定手法を用いてダッカ市全体のごみの排出量を推計することになるが,どんなに統計手法を使っても正確にダッカのごみの状況を言い当てることが難しかった。より現実に即した調査結果とするためには,現地踏査で得た知識・常識を使って多少の推測が入るのは避けられない。
 収集車両のパフォーマンスを調査するのに,車両動向調査(タイムアンドモーションサーベイ)という調査がある。収集車両を追跡すると,どうも計画的に収集しているように感じられなかったので,聞き取り調査をすると,一部の運転手は自分の感覚で収集ルートを決めているような形跡があり,計画的な収集が必要であることがわかってきた。また,驚いたことに,何人かの運転手は収集したごみを埋立地まで運搬せずに途中の沼に捨てていた。マスタープランを作る上で重要な課題であった。2003年当時の状況である。

3 組織・意識強化の活動の考え方の前提となるのは

 技術協力というのは,指導だけでは進まず,相手機関の職員が,日本人専門家を心底信用してくれないと先に進まない。しかし,信用というのは何によって得られるか。それは指導内容の社会的意義を理解してのことかもしれないし,相手政府職員の生き甲斐に根差すことかもしれないし,好奇心かもしれないが,当時はわからなかった。

クリーンダッカに向けた日本の支援(「クリーンダッカ・プロジェクト」JICAプロジェクト・ヒストリー(2017年))

(次号に続く)

参考文献
・石井明男,眞田明子「クリーンダッカ・プロジェクト ゴミ問題への取り組みがもたらした社会変容の記録」JICAプロジェクト・ビストリー, 佐伯印刷 2017
・石井明男,眞田明子他「世界を変える!?ごみプロジェクト」「生活と環境」一般財団法人日本環境衛生センター2018−2019 12回連載(平成30年4月号−平成31年3月号)


※八千代エンジニヤリング