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日本下水文化研究会 分科会 屎尿・下水研究会
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環境講座(11)

講話:屎尿・下水研究会

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

平成27年度の講話(1)

I 水再生センターの自然と水辺の生き物
 【10月18日,岡村智則氏(元東京都下水道局)】

 水再生センターの動植物や水辺の生き物を紹介し,生き物を通じて環境を考えてみたいと思います。

東京の水再生センター
 水再生センターは23区内に13箇所,多摩地区に7箇所あります。敷地面積が広く,種々の植物が植栽され,もしくは自生しており,一般の公園ほどは頻繁に勢定,薬剤による除草作業が行われていないため,その自然環境は大らかです。

葛西水再生センター
 荒川の河口部左岸に位置(江戸川区臨海町)し,南・北の施設(処理能力40万m3/日)からなっています(昭和56年運転開始)。
 実の生る樹木:花梨,ブルーベリー(職員が植えたのでしょう),梅(林になっている),リンゴ(小さな実をつける品種),梨,ザクロ,ビワ(それなりに美味しい実がなった),ブドウ。
 草花:タネツケバナ(モンシロチョウがこの葉を食する),オギ(湿地に生える),シナガワハギ(品川で最初に見つかった),ハナハマセンブリ(この辺りがもともと海縁であったことの証左),キツネアザミ(フワフワの種をつける),マツバウンラン.アレチハナガサ(清楚な花が咲く),ユウゲショウ(午後から夕方にかけて花が咲く),ヒルザキツキミソウ,ノミノツヅリ,ラベンダー(職員が植えたのでしょう)。
 トピックス:ピッチョン池のオオカワジシャ(特定外来生物),ギンヤンマ(都会でも生育している),ナナフシ(脅かすと死んだふりをする),クズ,カラスウリ(雌花に黒い鞘の実を付ける),クスノキ(江戸川区の木)とアオスジアゲハ(最近増えている。幼虫がクスの葉を食する)との関係。
 海沿いや川岸に生える植物がみられ,また,鳥の糞の関与が考えられる植物(クワなど)も生えており,小さな池にもトンボが生息しています。

小菅水再生センター
 荒川と綾瀬川が近接している処に位置(葛飾区小菅)し,東・西の施設(処理能力25万m3/日)からなっています(運転開始昭和52年)。
 上部公園の植物:桜,コブシ,クリ(実の中身はスカスカであった),白花タンポポ(近年見られなくなった種類),ニホンタンポポ(日本の在来種),コバンソウ(鑑賞用に輸入したもの)。
 周辺の古隅田川の植物:フジバカマ(秋の七草),ウマノアシガタ(キンポウゲの仲間。実際には葉が鳥の足の形をしている),キショウブ(きれいであるが,要注意外来生物),アヤメ(乾燥した畑に生える)。  トピックス:都会のタヌキ(雨水排水溝に棲みついていた),いずれアヤメかカキツバタ(見分け方の解説あり)。
 河川堤防の植生は古いモノのようです。都会の水辺には,付近住民が植えた花が多く見られます。都市化に順応した生き物(カワセミ)、がいる一方,ミドリガメ,ブラックバスなど人が放したモノが増えています。



図38 水再生センターの上部にある公園

有明水再生センター
 臨海副都心クリーンセンター内に位置(江東区有明)し,下水処理施設(処理能力3万m3/日,高度処理)は有明テニスコートの地下にあります(運転開始平成7年)。
 運河への放流口にはボラ,スズキが群れています。高度処理水(窒素やリンが少ない)が流入する池(ビオトープ)にはガマを植えてあります。ヤゴ(シオカラトンボ)も棲んでいます。ミソハギも回りに生えています。池水の栄養分が少ないため,水生植物の花付きが悪いです。ホテイアオイは花が咲かなかったです。

(この外,東京近郊の水辺や里山の植物・昆虫の紹介がありました。温暖化の指標となる蝶にナガサキアゲハやムラサキツバメが知られていますが,近年,東京近辺でも見られるようになりました。食草と蝶との関係について解説がありました。)

U 城と上下水
【11月8日,八木美雄氏(元廃棄物・3R研究財団)】

 城探訪へ興味を持ったきっかけや城郭について述べ,次いで城と上下水に触れ,最後に城探訪の楽しみ方をお話します。

城探訪
 25年前の平成2年,多摩市に転居しましたが,たまたま八王子城落城・400年の年に当たり,八王子市では城跡一帯を整備していました。天守はないものの,全山の要所に曲論,水平道,大きな堀切や崩れた石垣,そして本丸には井戸が残る巨大な山城でした。全国には数万の城址があるそうですが,この八王子城がきっかけとなり,城探訪にすっかり魅せられてしまいました。
 平成18年2月(財)日本城郭協会から,「日本100名城」が選定・公表されました。この時点で,改めて私の城探訪記録をチェックしてみたところ,100名城のうち80城ほどを訪ねていました。近々,千早城(大阪府)を訪ねることにしていますが,これで100名城踏破となります。

城郭
 城は土を盛って土塁を築きますが,その土を得るために掘った部分が堀(濠)になります。すなわち,城は堀と土塁で囲まれた外敵から身を守るための構造物です。城の華と云うべき天守は,仏教の帝釈天の天守に由来するとされ,神社仏閣の楼閣建築からの連想であると云われています。
 明治政府は明治6年に廃城令を公布し城の破却を進めました。さらに,太平洋戦争時の大空襲によっても失われました。現在,江戸時代から現存している天守は,弘前,松本,犬山,丸岡.彦根,姫路,備中松山,松江,宇和島,松山,丸亀,高知のわずか12城しかありません。ちなみに,松本,犬山,彦根,姫路,松江の5城は国宝,その他は重要文化財となっています。
 天守は地域のランドマークになると云うことで,全国で79の天守が再建されています。

城と上下水
 日常生活に加えていざという時の籠城に備えて,城には井戸が設けられていました。水手曲論として厳重に防備されるとともに,水源が枯れないように尾根の堀切や樹木伐採が厳しく規制されていました。
 江戸時代になり天下が統一されると,領内統治に便利な地に城を構えるとともに,城下町に水を供給するために都市施設としての上水(江戸の玉川上水,金沢の辰己用水など)を整備しました。多くの城は城下町の中心部の高台に築かれていたので,現在,その本丸跡には水道の配水池がしばしば設けられています(大阪城,和歌山城など)。
 雨水に関しては,石垣は排水を怠ると水圧によって崩壊を早めるおそれがあるので,背面に栗石を込め排水用の樋を設置したりしていました。低平地での城下町においては内水排除のため,江戸の本所の場合では,竪川,大横川,十間川が開削され,さらに南割下水,北割下水が設けられていました。



図39 江戸城の外桜田門

 汚水については,城郭には常設のトイレはなく,移動式の「おまる」が利用されていたようです。往時,汚水の大部分を占めていた糞尿は,肥料として活用されていたことが遠因にあったのかもしれません。
 なお,戦国時代の篭城戦では,人ばかりでなく軍馬が排出する糞尿によって,城内の衛生状態の悪化(糞詰まり)を招きました。小田原の北条氏が浜居場城(箱根山中にあった)の城掟で,「人馬の糞水,毎日城外へ取出し,いかにも綺麗に致すべし,但し,城一矢の内に置くべからず,遠所へ捨る事」と規定しています。ここで,「一矢」とは約60mですから,大変な労力を必要としました。

城探訪の楽しみ方
 見ず知らずの土地を実際に歩き,土地の起伏や山河などに直に触れると,新鮮な気分に浸れます。/ ハイキングしながら,草花,野鳥などの自然観察も楽しめます。/ 城址を訪ねて,信玄,謙信,秀吉,家康などの歴史上の人物に変身するのも一興です。/ 城址は全国至る所にあるので,山海の珍味を楽しむことができます。

(現在の江戸城の写真を多用し,実際に歩いたような臨場感をもって.城探訪の楽しみ方を解説されました。)

U 俳句にみるトイレ・下水
     【12月13日,地田修一氏(本会会員)】

 花鳥風月を詠むとされる俳句ですが,トイレや下水やゴミに関する旬も散見されます。最短の韻文表現を鑑賞するとともに,関連する散文を紹介します。

トイレに関する俳句
 枯るる貧しさ厠に妻の尿きこゆ 森澄雄
 (檪林の中の六畳一間の小家で,親子5人の生活をしていた昭和25年に詠んだもの)
 しばしこもりて雪国の厠の香 森澄雄
 (昭和47年冬,新潟県松之山に逗留した折の旬)
 白梅は月光にあり外厠
 厠から布団に帰るみち嶮し
 (夜目覚めて,外厠を使ったのであろう)
 大根を配りに山を一つ越ゆ 茨木和生
 (肥汲みの農家は,師走になると収穫した大根をお礼として配って歩いた)
 肥汲みの汲んでしまひし年暮れて
 花八手かつて厠のありし場所(とこ)
 (厠の掃き出し口を隠すために,その前に八手の木を植えることが多かった)

屎尿に関する俳句
 大とこの糞ひりおはすかれの哉 蕪村
 小便の滝を見せうぞ鳴蛙 一茶
 むさしのや野屎(はこ)の伽(とぎ)に鳴雲雀 一茶
 立ち尿(いば)る老女の如く恋いこがる 山崎愛子
 (排泄も恋愛も,抑えきれない人間の本源的な生理現象である)
 七月の童糞せり道の上 石田波郷
 元日や餅で押し出す去年糞 金子伊昔紅
 古手拭蟹のほとりに置きて糞(ま)る 金子兜太
 (南洋のトラック島に従軍していたときの野糞を詠んだもの)
 大頭(つむり)の黒蟻西行の野糞 金子兜太
 糞汲みの妻が夕焼けにまみれたり 石田波郷
 (夕焼けだけでなく,糞も浴びたのであろう)

肥船に関する俳句
 古郷や霞一すぢこやし舟 一茶
 (春の霞たなびく川面に,肥し舟が行き交う様を見て思わず故郷・信州を懐かしんだ)

ゴミに関する俳句
 グノー聴け霜の馬糞を拾ひつつ 石田波郷
 (終戦直後,ラジオはよく洋楽を流していた)

 ハンカチほど春雪載せて厨芥(ちゅうかい)車 山田みづえ
 (昨夜の春雪が,厨芥車の黒い蓋の上に,一枚の白いハンカチほど残っていた)



図40 厨芥車

下水に関する俳句
 処理場の水輝ける星月夜
 処理水の庭に親しき鴨の陣
 処理水の疎水となりて蛍舞ふ
 水浄む放流口の都鳥
 (都鳥はユリカモメのことで,毎年冬になると南方から渡って来る)

ユーモアに富む俳句
 しんがりに厠の神の旅立たれ
 (全国の神々が陰暦10月1日に出雲大社に集まるため,旅に立つと云う故事を踏まえている)
 二股に尿(しと)の岐(わか)れて冬を老ゆ

(それぞれの旬に関連する散文が招介されました。)