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シリーズ ヨモヤモバナシ



番外編:マンホールのヨモヤモ もうひとつ世界遺産に

講話者 石井 英俊*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

1. はじめに

 前回の富士山の原稿を書いている最中に、「富岡製糸場、世界遺産に」というニュースが入りました。おめでとうございます。富岡市のマンホールふたにも登場していました。私が富岡を走ったのは3年前、退職後の手(足?)始めの輪行をと榛名山麓から鏑川沿いを走ることにした時です。「富岡製糸場を世界遺産に」と市全体で盛り上がっていたころです。写真-1が富岡市のマンホールです。上部に製糸場の全景、下は壁を思わせるレンガのようです。間にあるのはサクラの花と指定を待ち望む市民の笑顔でしょうか。ちなみに写真-2が富岡市のもう一枚のマンホール、市の花と木のフジとモミジが描かれていました。市章からこちらが古いふたのようです。登録を目指して市民の皆さんの気運を盛り上げるのに一役買ったようです。
 世界遺産にはなっていませんが、近代日本の遺産ともいえる建築物が絵柄になっているマンホールが沢山あります。今回はその一部をご紹介しましょう。

写真-1


写真-2

2. 官公署関係の建物

 富岡製糸場も「官営」ですが、絵柄に取り上げられている建物も官公署が多くあります。旧北海道庁が描かれているのは、国土交通省の事業所のマンホールふたです。私の手元には函館(写真-3)・室蘭など8か所の名前の書かれたものがあります。実物に比べだいぶ簡略化されていますが、特徴はよく表れていますね。各支庁ごとに置かれているとすれば14あるはず、楽しみです。

写真-3

 明治の洋風建築を伝える、旧伊達郡役所が描かれているのは福島県の桑折町(写真-4)です。伊達氏の祖である中村氏が城を築いた地だそうです。函館市のマンホールには旧函館区公会堂が五稜郭とともに描かれていました。(写真-5)公会堂としては豪華な建物ですが、当時の数少ない国際港として、海外へのメンツもあったのかもしれませんね。ライトアップされた姿は今も優雅に誇らしげです。豊橋市(写真-6)では公会堂とともに路面電車も描かれています。路面電車は現役で活躍しています。この絵柄と同じ写真を撮ろうと、しばらく自転車を停めて待機していました。ツツジが咲いていなかったのが残念です。

写真-4


写真-5


写真-6

 古い建物の中でよく保存されているのが学校です。その中でマンホールの絵柄になっているのが山梨県の増穂町(写真-7)、旧舂米(つきよね)学校の校舎でバルコニーのある明治期のモダン建築、当時の山梨県令の名前にちなんで「藤村式建築」と呼ばれるそうです。福井県の三国町の旧龍翔小学校(写真-8)、東尋坊とともに描かれています。建物は「みくに龍翔館」として、博物館になっています。愛媛県の西部宇和町では「旧開明学校」が描かれていました(写真-9)。松本市の「旧開智学校」と姉妹館だそうです。松本市のマンホールに描かれているのは「てまり」ですが。札幌市のマンホールにサケとともに描かれている時計台(写真-10)、札幌農学校の練武場だった建物です。周囲の建物が高層化していく中で、それに負けず堂々と立っています。

写真-7


写真-8


写真-9


写真-10

 時計台つながりでちょっと脱線、高知県の安芸市のマンホールに描かれていたのは野良時計(写真-11)、明治中頃に地元の地主だった畠中氏が、ヨーロッパの時計を参考に手作りで作ったそうです。現在もその優雅な姿を見ることができます。もう少し古くなって時の鐘、川越市(写真-12)のものがマンホールのふたに描かれていました。周囲の街並みも同様に保存されていて、のんびりと散策を楽しめるところです。休日は混雑していますが。

写真-11


写真-12

 古くなりついでに関所、箱根の関所のマンホールふたは見つけられませんでしたが、中仙道の木曽福島町(写真-13)、福島関所の往時の様子が描かれています。今も街なかの旧街道を行くと、大きな関所の門が出迎えてくれます。長野県鳥居峠下の楢川村には「贄川関所」(写真-14)、関所に立ち寄って写真を撮って足元を見ると、関所の描かれたマンホールがありました。

写真-13


写真-14

3. 官公所以外でも

 官がたてたものではあるんですが、鶴岡市のマンホールに描かれているのは「大寶館」(写真-15)、大正天皇の即位を祈念して建てられたものだそうで、バロック風の窓とルネッサンス風のドームのあるのが特徴だそうです。現在は藤沢周平氏ら鶴岡の先人たちの資料館となっています。隣の酒田市のふたには「山居倉庫」が描かれていました(写真-16)。米どころ庄内平野で獲れた米はここに集められ、北前船で京・大阪に送られていたんでしょうね。現在倉庫の一部は資料の展示のほか、お洒落なお店としても使われています。鶴岡は「武」、酒田は「商」、今でも何かと張り合うことが多いとか、これは酒田の居酒屋のママさんから聞いたことですが。

写真-15


写真-16

 秋田県の小坂町、かつては日本一の鉱山として栄えたところですが、マンホールに描かれているのは「康楽館」(写真-17)です。鉱山に働く人の厚生施設として造られ、明治43年に大阪歌舞伎を上演したそうです。昭和61年に復元され、現存する芝居小屋としては日本最古のものだそうです。福島市の飯坂温泉には「鯖湖湯」(写真-18)を描いたマンホールがありました。温泉街の中心にあり、現在でも9つある共同浴場の一つとして親しまれています。ちなみに鯖湖湯は月曜日が定休日だそうです。大阪富田林市のマンホールに描かれていたのは由緒ありげな建物です(写真-19)。室町時代末には堺のような自由都市だったそうで、市内寺内町の辺りは古民家が多く残り、その中でも造り酒屋だった杉山家住宅は重要文化財にも指定されています。

写真-17


写真-18


写真-19
 

4. 保存されます

 国立市は私の出身高校のあるところですが、マンホールには三角屋根の旧国立駅舎とサクラが描かれています(写真-20)。中央線の高架化に伴い、旧駅舎は取り壊されることになったのですが、住民の方々からの熱心な保存の要望があり、元の位置に復元されることが決まったそうです。絵柄にあるような桜とのツーショットが楽しみです。

写真-20

 復元された「大野毛利築造の南蛮樋門」が絵柄になっているのが、山口県平生町のマンホール(写真-21)です。平生湾を干拓してできた水田、江戸時代は排水に苦労していました。これを解消するために大野毛利家が造ったのが南蛮樋門、コメの収穫を安定させることができました。佐賀県の諸富町のふたには昇開橋(写真-22)、有明海でおなじみのムツゴロウも描かれていますね。有明海で漁をする船が航行できるように作られました。現在でも遊歩道の一部として使われ、実際に昇開しています。筑後川を挟んだ福岡県大川市のふたにも昇開橋が描かれています。

写真-21


写真-22

5. おわりに

 江戸から明治時代にかけての「遺産」に値する建造物を、マンホールふたでご紹介しましたが、ずいぶん前に世界遺産に登録された建物が残っています。最後にこれをご紹介してこの稿の締めといたしましょう。岐阜県白川村の「合掌造り」(写真-23)です。私が訪れたのは夏、多くの観光客でにぎわっていました。

写真-23

※日本のマンホール文化研究会