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屎尿の処分と農地への施肥に関する覚え書き

講話者 地田 修一*

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

はじめに

 都市から発生する屎尿は貴重な肥料として汲取られてきた(有価物としての扱い)が,大正の半ばに至って汲取ってもらった都市住民側がそのお礼として汲取り料を支払うようになり,屎尿は次第に廃棄物視されるようになった。

屎尿の収集運搬

(1)荷車(手車)
 この辺の若者は皆東京行をする。この辺の「東京行」は,直ちに「不浄取り」を意味する。荷馬車もあるが,九分九厘までは手車である。弱い者でも桶の四つは牽く。少し力がある者は六つ,甚だしいのは七つも八つも牽く。一桶の重量十六貫とすれば,六桶も牽けば百貫からの重荷だ(『みみずのたはこと』徳富健二郎)。
 これは,明治末〜昭和初期の東京・世田谷でのはなしである。
(2)馬車,牛車
(汚わい船が)着く岸の近くには,どこにも大抵肥溜が並んでいて,一旦そこに移された下肥を,農家の人たちが牛車や馬車で来て,肥担桶に詰めて買って行く(『江戸川物語』伊藤晃)。
 これは,昭和14年頃の江戸川中流域でのはなしである。
(3)肥船
 私たちのヤマベ釣りの場所は,新河岸の汚わい船の着くところと決まっていた。ヤマベたちは,その船からこぼれる蛆を食いに寄っていたのである(『江戸川物語』伊藤晃)。
 この肥船は屎尿を直接船に入れて運ぶタイプであるが,このほかに肥桶を載せるタイプもあった。
(4)貨車
 東武伊勢崎線牛田駅の近くに引込み線をつくり,ここに屎尿の中継所を設け,木槽貨車に積み替え,中千住駅まで人力で移動させ,貨物列車に連結していました。運搬は夜間でした(佐野丈夫氏談)。
 これは,昭和21年頃のはなしである。
(5)オート三輪車
 昭和27年頃,2トンのオート三輪車を買いました。肥桶を12本積むことができました。タイヤが小さいので,これ以上は無理でした。しばらく,荷馬車と併用しました(高杉喜平氏談)
 桶を両側にぶら下げた天秤棒をかついで,トラックの荷台にさしかけた板を上っていくのはよほどの熟練が必要だった(聞書き)。
(6)バキュームカー  昭和36年にバキュウームカーを購入しました。値段が高くて(25万円程度)たいへんでした。その頃のホースは今みたいにビニール製でなく,ゴム製で重かったので肩に担いで運びました(高杉喜平氏談)。

図−1 荷車で肥桶を運ぶ
(ビゴーの漫画,はばかりながら「トイレの文化」考,文芸春秋)


写真−1 肥舟の模型
(戸田市郷土資料館)

屎尿の売買

(1)農家が自家用に都会の屎尿を汲取り,その対 価を支払う
 小便桶二つと旬の野菜を盛った篭を担ぎ,おおっぴらに声たからかに道を通行する賎夫がいる。… それぞれの家の夫婦や娘は,すぐにその声を聞き,家を出て小声で「小便」と呼ぶ。そしてまず,その交換する野菜の名をたずねる。その品が考えに合えば「入って尿を汲みなさい」と言う。… 汲み終ると,大根何本,茄子何個,野菜何把と報告する。娘は詳しく尿の量と野菜の量がつり合っているかを調べ,もし多ければ当然異論はなく,もし少なければ「さらにもっと加えなさい」と言う(『都繁昌記』森田英樹訳)。
 これは江戸後期の京都でのはなしであるが,屎尿の売買は鎌倉時代から行なわれていた。

写真−2 トラックで肥桶を運ぶ
(柏崎市史資料集)


写真−3 バキュームカーによる汲取り
(柏崎市史資料集)

(2)専門業者の出現
 関東取締出役が,下肥商人が掃除代わ下肥代を吊り上げていることに対してけしからんと言っています。ここで掃除代というのは,下肥を汲取るときに家主に支払う代金のことです。下肥代というのは農家に売るときの値段です。…:それぞれの下肥を荷揚げする河岸には,下肥売り捌き人がいて,これは農民と肥船の船頭との仲立ちをしている人ですが,どうも手数料を取ってのたらしい。そういう人たちが戸田市域にもけっこうな数いました(「戸田市郷土博物館資料」)。
 これは,幕末の埼玉県・戸田でのはなしであるが,都会で屎尿を買い農村へ運搬して販売する専門業者は,江戸時代後期に出現した。
(3)屎尿を出す側が汲取り料を支払う
 大正7年になると,屎尿の汲取りが停滞するようになります。そこで,東京市では市が直接,屎尿を汲取る事業を開始し,汲取り料金(大正9年では1荷(2桶)当り10銭)を徴収することになりました(「下肥の流通と肥船」地田修一)。
 大正14年当時の大阪市における屎尿の処分は,従来の汲取り便所で処分を行なっているもの(市営汲取り5%,民間汲取り95%)と,水洗トイレを用い浄化槽で浄化してから下水に放流するものに大別されるが,大部分は汲取り処分である(「本邦都市に於ける屎尿処分の現況と将来」藤原九十郎)。
 大正後期からは,農家,専門業者,自治体の三者が地域を分けて汲取りを実施するようになった。
 親父さんがやってた頃は,田んぼも畑も下肥一辺倒でした。昭和20年代の半ばまでですね。その頃は下肥だって簡単には手に入らないですよ。まず場所を農協から貰うんです。戦前は農事実行組合から割り当てを貰っていたようです。金町のどのあたり,四つ木のどの辺りって言うように割り当てがくる。15日に一度くらい行くんですが,行けばお金はもらえるし肥やしは貰えるし,百姓にはいい制度でした(木村博幸氏談)。

農地への施肥

 農地の横に設けた肥溜で汲取ってきた屎尿を腐熟させた後,畑や水田に施肥した。
(1)江戸時代の農書
 佐藤信淵著『十字号糞倍例』は,屎尿と他の肥料との調合割合や施肥方法を具体的に述べている。
 馬糞3荷,草木灰3荷,獣肉腐汁3荷,酒粕5荷,人糞5荷,雨水30荷をよく混ぜ合わせ,大きな桶の中で半月ほど熟して使う。この肥料は,痩せ地を肥やし,草木の生気をきわめてさかんにするには最も優れている(『十字号糞倍例に見る屎尿施肥』森田英樹)。
(2)東京東郊での事例
 東京東郊のデルタ地帯(足立,葛飾,江戸川)の農村には見るべき山林がほとんどなく,耕地の地味を維持するには河川や池の泥を使ったり,購入肥料に頼るはかなく,その一つが下肥やあった。幸い,船による大量の下肥輸送が容易であったので,下肥をあらゆる作物に且つ多量に利用した。稲の単件ではなく,一年中様々な蔬菜を作る農業が展開された。それぞれの野菜(ねぎ,蓮根,きゅうり,なす,小松菜,大根,こかぶ,山東菜など)に応じてきめこまかな施肥が行なわれた(「東京東郊の下肥利用の歴史」掘充宏)。
(3)川越近郊での事例
私の村では,大正末期はまだ人糞肥料の時代で,水田には熟成させた後で使ったが,桑畑では穴をたくさん掘ってそこにじかに投入した。桑3株に穴一つで,そこで熟成させる。茶畑でも同じです。一週間に10樽から20樽は必要だった。金肥を買うだけでなくて,便所,風呂の排水,生ごみ,わら,牛馬の糞や敷き藁なんかも全部有効に使用した(『農民哀史から60年』渋谷定輔

写真−4 昔使われた肥桶と柄杓


写真−5 下肥を肥柄杓でかける
(写真でみる日本生活図引−1)

いらないものを活用する

 屎尿そのものを農業に使うということに対する評価は,二通りに分かれている。都市の屎尿を近郊農村が使うというシステムをリサイクルのさきがけとして高く評価する立場と,屎尿は寄生虫や不快害虫の温床となり伝染病などの原因となったということを主張する立場である。
 この二つの評価はどちらかが正しいというものではなく,それぞれが事実であり,どちらにくみするかは価値観の違いとしか言いようがない。しかし,現代社会に目を転じたとき,私たちが快適な生活を送るために膨大な食料や資源が廃棄物になって捨てられている現状がある。
 これから先わが国において,屎尿そのものを農業で活用することはないと思うが,その発想自体には大いに学ぶべき点があるのではないか(「都市近郊農村の下肥利用」掘充宏)。

改良便所

 屎尿は貴重な肥料であって,我々は屎尿に対してむしろ或る親しみをさえ感ずるようにならされている。消化器伝染病と腸管寄生虫の伝播は,全く糞尿の媒介によって行なわれるものであるから,もし屎尿の始末がよく行なわれるならば,これらの疾病は根絶せしめることができるであろう。
 貯蔵能力が3ヶ月以上におよび,古い屎尿と新しい屎尿が混ざり合わないような構造にする必要がある。具体的には,第一室には上方から土管を通して屎尿が落とされ,それが次室から第三室へと押し送られて遂には第五室へ到達する。それまでに3ヶ月を経過する計算である。そして,第五室の上壁に設けた汲取り口から安定化した屎尿を随意に汲出すものである(「便所はどうすればよいか−都市の屎尿問題と改良便所−」高野六郎)。
 戦中,戦後で約3万個が設置された。

写真−6 屎尿を海洋に投棄
(映画「し尿のゆくえ」)

屎尿の投棄

 住宅地が郊外へ郊外へと進出して農地を減らす一方,最近は化学肥料が普及してきて,屎尿の需要が急激に減ってきました。全国の市町村は頭を痛めました。ここでは,やむをえず,野原に穴を掘って捨てています。ある所では,車で山の中へ運び捨てています。ある都会では,膨大な量の屎尿がダルマ船に積まれて大川を下っていきます。行き着いた所はもう一段大きい船。屎尿が積み替えられています。やがて,船は黒潮が流れる外海に出ました。バルブがゆるめられます。屎尿が海中に流れ出します(映画『し尿のゆくえ』日本環境衛生会)。

屎尿処理の基本方針

 昭和31年に政府は,「屎尿処理基本対策要綱」を打ち出しました。陸上投棄や海洋投棄の原則的廃止,総水洗化を目標として,これを公共下水道,屎尿浄化槽,コミュニチィプラント(住宅団地の汚水処理施設)により達成し,その間の汲取りトイレからの屎尿は「屎尿処理施設」により処理をするというものです。

屎尿処理汚泥

 農地還元がきかなくなり利用価値がなくなった屎尿は,何らかの方法で処理・処分せざるを得ない状況となったことを背景として,屎尿処理技術は下水道関係の施設が完備されるまでの過渡的な技術として開発されてきた,わが国独自のものである。

図−2 屎尿処理フローの一例
(東京都資料)

 屎尿処理技術の約50年にわたる歴史的発展をみると,【嫌気性消化+生物学的二次処理】プロセスがその主流をなしていたが,その後,化学処理が採用されるようになったが,最近では,低希釈屎尿あるいは無希釈屎尿の活性汚泥法による処理がクローズアップされてきている。…屎尿処理技術は多岐にわたっているが,いずれも消化汚泥,余剰汚泥などの汚泥が発生する。これらの汚泥の中には有機質だけでなく肥料としての3要素も含まれているので,有機質肥料としての活用が十分可能である(「屎尿処理汚泥」地田修一)。

屎尿処理汚泥の堆肥化

 屎尿を嫌気性処理した後に残る汚泥は,コンポスト(堆肥)化され農地に施肥された。
(1)東京・砂町処理場での事例(昭和28〜57年)
 屎尿を密閉タンクに投入し37℃に加温し20日間滞留させ嫌気的に分解し,上澄み液は下水に混ぜて処理する。一方,沈殿した汚泥は天日乾燥し,野積み状態で好気的に有機物の分解をさらに進め堆肥化し,農家に販売した。堆肥化作業ならびに販売は,民間企業に委託して行なった。
 納豆が大豆よりも,沢庵が生大根よりも,奈良漬が瓜よりも味が旨いのは発酵という過程を経て作られるからです。わが社の「みやこ有機肥料」は発酵浄化して作った有機肥料です。有機肥料は土の中で分解しながら,含まれている肥料成分が作物の生長に応じて効きすぎもなく,肥切れもせず徐々に効いていく,と同時に,土壌を団粒構造にして,作物の根を張りやすくする土壌改良の役目も併せて行います。化学肥料万能の弊ようやく現われ始めた時に当たり,是非発酵有機肥料の長所を皆様の栽培技術の中にお取り入れ下さい(「みやこ有機肥料の効能書き」)
 「みやこ有機肥料」の主な用途は育苗用でした。化学肥料と違いハウスで育てている苗にガス障害が起きることがなく,施肥においても肥料の分量がアバウトであっても作物への影響が少ないという評価でした。言い換えると,作物にやさしく力強い丈夫な苗ができるということです。出荷先は,遠くは北海道,宮崎,高知から,近くは静岡,愛知まで広範囲にわたっていました。主にメロン,キュウリ,トマト,ピーマンなどのハウス園芸に用いられていました。農家では「みやこ有機肥料」のリン成分を重要視していました。下水汚泥堆肥に含まれているリン成分は,リン鉱石からつくる化学肥料のリンとは作物に与える効果が異なると評価していたのです(内藤泰三氏談)。

写真−7 屎尿消化汚泥を堆積して発酵
(東京都資料)


写真−8 敷き均して天日乾燥
(東京都資料)

屎尿汚泥の農業利用上の留意点

 屎尿汚泥は堆厩肥ほど土壌の物理性改善等の効果を期待できず,一種の有機質肥料とみなすのが妥当であり,利用に際してはこれを乾燥して粉状にするなどの必要性が認められる。汚泥の処理方式,肥料成分,有害成分,幼植物試験,発芽試験などを確かめたうえで,利用対策を講ずることが望ましい。屎尿汚泥中にはカリウムがほとんど含まれず,窒素,りん酸は速効成分が少ない。このため施用する場合には,化成肥料との併用が望ましい。連用はなるべく避けた方がよく,また運用する場合には定期的に土壌診断をする必要がある(「屎尿汚泥の特性」中村元弘)。

浄化槽

 浄化槽の設置基数は,平成14年3月現在,全国で882万基あり,そのうち約80%が(屎尿)単独処理浄化槽で705万基,残り20%が(屎魂+生活雑排水)合併処理浄化槽で176万基ある。
 単独処理浄化槽の場合は,生活雑排水が垂れ流されている状態にあるため,平成12年の「浄化槽法」の改正によって,新設時には合併処理浄化槽の設置が義務付けられ,既設の単独処理浄化槽の設置者も,合併処理浄化槽への設置替えに努力しなければならなくなった。

おわりに

 平成17年度末のデータによると,公共下水道を経由して屎尿を処理している割合は総人口の63.5%に達している。ちなみに,これに下水道類似施設(農漁村集落排水処理施設,合併処理浄化槽,住宅団地汚水処理施設など)を加えた汚水衛生処理率は,平成17年度未で74.5%である。
 屎尿,家庭雑排水などが含まれる下水は活性汚泥という微生物群集の力を利用して処理しているが,この過程で有機物を多く含んだ汚泥が発生する。一部の地域では下水汚泥を堆肥化した後,緑農地に施肥している。
 近年,取扱いやすい化学肥料の施用によって農業における生産性が著しく向上したが,一方で,地力の低下による連作障害や病害虫の発生がクローズアップされており,衰えた地力の増進を図るものとして下水汚泥などの有機物資の重要性が注目されている(「下水汚泥の農地・緑地利用マニュアル」下水汚泥資源利用協議会)。

参考文献
1)「トイレ考・屎尿考」:技報堂出版,2003年
2)「ごみの文化・屎尿の文化」:技報堂出版,2006年
3)「有機性汚泥の緑農地利用」:博友社,平成3年
4)「下水汚泥の農地・緑地利用マニュアル」:下水汚泥資源利用協議会
5)『肥やしの底チカラ』:葛飾区郷土と天文の博物館,平成25年
6)『江戸・東京の下水道のはなし』:技報堂出版,1995年


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