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豚便所フ−ル

△講話者 森田 英樹 *

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

1 はじめに

 沖縄県南城市玉城にある『おきなわワールド』に行ってきた。ガイドブックを見ると玉泉洞と呼ばれる鍾乳洞,ハブとマングースのショーや,スーパーエイサーショー,琉球ガラスや藍染工房など各種の工芸体験ができるテーマパークのようだ。何か特に目的があったわけではないが,『年間100万人が訪れる東洋で最も美しい鍾乳洞』という『玉泉洞』のキャッチフレーズに目がとまり,とりあえず行ってみることにした。確かに「東洋で最も美しい」という言葉を裏切らない,荘厳な鍾乳洞であった。次なる見学場所をどこにしようかと,園内マップを見ていると『機織工房』の敷地左上にある,2連の井戸のようなものの絵に目がとまった。この絵は『フール』に違いない。しかし,こんなテーマパークに『フール』があるとは考えにくいが…。とにかく確認しないわけにはいかない。園内マップ片手に,足早に『機織工房』へと向かった。

2 フールとは

 機織工房で目に飛び込んできたのは,まざれもなく『フール』そのものであった。そこには,登録有形文化財のプレートと共に,『フ−ル』についての解説が書かれていた。

 豚の飼育小屋を兼ねた便所のことで,フーリャ,ウヮー(豚)フールとも呼ばれていました。沖縄の民家の特徴の一つであったフールも戦後はみられなくなりました。中国から伝来されたものといわれています。構造は石組みで区画がなされ,屋根は石造アーチ形,茅葺・瓦葺きなどで作られ,床は石敷でした。

おきなわワールドのフール


手前がトウニィ,奥の穴がトゥーシヌミー


左の穴がトゥーシヌミーの上部,右にトゥニイが見える

 フールの構造に関して,簡単に補足を加えると,人間の大便を家畜である豚に飼料として食べさせる形式の便所の事である。しかし,もちろん豚は人間の大便のみを飼料としていたわけではなくトゥニイと呼ばれる餌入れも設置されている。この豚は他の牛・馬・山羊などの家畜とは別に飼育されていた。機織工房に保存されているフールは石造りで長方形箱型の豚舎が2区画に仕切られている。各区画は後方が石造りのアーチ型の屋根で覆われた部分になっており雨の時などは,豚はここに退避している。床も同じく石造りで前方に傾斜しており雨水が溜まらない構造になっている。フールの手前前方の上部にはトゥーシヌミー(東司の穴)と呼ばれる穴があけられており,人間がこの穴から大便を排泄すると,下で待ち構えている豚が食べるという仕組みになっている。
 多くの農家では,豚を大切に育て,暮れには豚料理を楽しみ,ある意味では餅以上に欠かせない重要な食べ物であるといえる。また,かつての沖縄の人々は,豚の子供を籠に入れて,頭の上に乗せて歩き,豚の小便や糞が籠から漏れても汚いなどとは思わなかった。むしろ,人間の子供の大小便よりもまだ良いと思っていたようでもある。そのくらいの事であるから,豚に人の大便を食べさせ,その豚を人が食べ,また大便をする。まさに,豚そしてフールは沖縄の人々にとっては生活から切り離すことのできないものであったといえる。

3 餌としての大便

 しかし,なぜ人間の大便を豚の餌にする必要があるのであろうか?そもそも豚は人間の大便を餌として喜んで食するものなのであろうか?そんな素朴な疑問が生まれてくる。なんでも,人間の食べ物に対しての消化吸収率は他の動物に比べて大変に悪く,大便中の未消化率が50%とも言われている(注1)。そのため,人間にとってはもはや排泄物であっても,他の動物にとってはまだまだ食べ物としての価値があるようだ。
 30年以上にわたり野糞を実践し克明な記録を残し調査されている,糞土研究会の伊沢正名氏の興味深い研究がある。それによると,野糞後の大便を狙ってやってくる獣が多数いるようである。豪快に野糞を掘り返したり,直径数センチの穴があいている野糞跡が見られ,野糞の10%程度が,何らかの形で獣の餌になったようである。伊沢氏もその現場を目撃してはいないため,正確に野糞から何日目に食われたものなのか,また動物の種類も明らかではない。可能性としては,ネズミ・キツネ・タヌキ・アナグマ・イタチ・野犬・イノシシなどが考えられるそうである。また,餌不足になる冬場は,夏場に比べて獣に食われる率が約5倍になる点も,獣の餌説を裏付けるものと言えるのではなかろうか。かつて,人間の大小便が,肥料として回収・利用され,人間社会におけるリサイクルシステムの一環とされていた事が取り上げられる例は多い。しかし,この動物の餌としての人間の大便の存在もまた,自然界におけるリサイクルシステムの一環と言えるのではなかろうか。

4 フールと衛生問題

 先の『おきなわワールド』での解説プレートにフールは『戦後はみられなくなりました』と書かれていたが,それは一体なぜであろうか。まず考えられるのは,やはり衛生上の問題ではなかろか。「生活改善部落」飯島曼史著に当時の衛生情況に関する記述が見られる。(注2)『水が乏しい上に,住居が不潔で農家の大部分は豚に排泄物を食わす仕組みの「豚便所」を用いているから,伝染病菌や寄生虫ははびこり放題である。チフスや回虫は内地にないではないが,そのほかにもアメーバー赤痢,フィラリア,ストロンギロイデス,有鈎条虫などが取り揃えて保存されている』とある。この中でも特にフールとの関係が考えられるものに有鈎条虫がある。有鈎条虫は別名サナダムシとも呼ばれ,広く世界に分布し,かつては沖縄に多かったが今日では,沖縄はもとより日本ではほとんど見られなくなった。有鈎条虫の幼虫は豚の筋肉内に寄生し,感染した豚肉にはパパイヤの種状の嚢虫と呼ばれるものが見られる。人がこの豚肉を嚢虫とともに食べると胃の中で袋が破れ,小腸において2ヶ月ほどで数メートルの親虫に成長する。この虫の中間宿主が豚で,豚便所フールを利用することで,人間と豚との間を循環することになる。「豚肉は良く火を通してから食べなさい」と言われるのは,この嚢虫のためである。県は,明治30年代には各機関を通じ衛生上の指導を繰り返していたようであるが,長年の歴史と風土に根ざしたフールのシステムは容易には改善されなかったようである。「昭和60年沖縄県獣医師会年報」には興味深い記述が見られる。(注3)『昭和7,8年頃の家畜防疫員は警察の所轄下にあったので,豚舎改善のため,警察官と一緒に農家を巡回し,指導を行った。巡視の時はトゥスヌミー(ウンチを落とす穴)は塞がれていても,しばらくすると,また開けてある,といった状況であった。訳を聞いてみると「先生,人糞やらんとネ,買い手がいないから」』これは,昭和の初期の話であるが,長年の衛生指導にもかかわらず人糞を食べさせた豚でないと買い手がないとは驚きである。これは,フールのシステムがそれだけ沖縄の風土に深く根ざし定着していた事を物語るものと言えよう。これらのことからも,フールが戦後,急速に沖縄から姿を消していった理由を,単に衛生上の視点からのみ説明するのは,少々無理があるように思われる。

5 フールの大きさ

 フールの大きさは,特に法的に規格などが定められたものではないであろう。各農家の敷地や,飼育頭数.建設時期・予算などの応じて千差万別であったろうと思われる。しかし,それにしても『おきなわワールド』で見たフールは随分小さく思えた。日常,豚を見る事など無いために,はたして豚舎にはどの程度の広さが必要とされるのものなのか,見当がつかない。しかし,素人考えでも,『おきなわワールド』のフールでは,豚はざぞや窮屈であろうし,脱走を試みることさえ容易な構造に思える。大正13年(1924年)の「通俗豚飼育法」にはフールの大きさと,その衰退,さらに豚との関係を考える上でおおいに示唆に富む記述がある。(注4)『豚舎悉く石にて作れ造り,1室の広さ多少の差ありと雖も−(中略)−7尺間口4尺にして,周壁の高さ床面より,2尺2寸,後方には「カブヒ」と称する,広さ3尺位の石を以て覆ひたる屋根代用ありて,上面は漆喰塗りとし,此の下にて,豚は雨露を避け,また寝床とす。−(中略)−尚ほ,改良豚に対しては狭隘なるを以って,漸次豚舎を改良しつつあり。豚舎は宅地の都合上運動場の設備なきを以って,常に狭隘なる舎内にのみ閉じ込められ,運動不足勝なるにつき,熱心なる養豚家は,毎日間食として甘藷蔓を投げ与え,之を拾うことに依りて,多少なりとも運動の不足を補うこととせり』
 本書の書かれた大正時代には,『改良豚』が登場しはじめていたようである。そして,改良豚に対しては飼育上,フールでは狭く豚は運動不足に陥っていた事が伺い知れる。つまり,体型が大きな『改良豚』の導入もフール衰退の一因と言えるのではなかろうか。

6 アグーとアヨー

 沖縄の在来豚は島豚と唐豚の2種類が存在していたと言われている。島豚は『アグー』と呼ばれ,粗食に耐え,強健で飼いやすかったため,広く沖縄で飼育されていた。沖縄への渡来の時期は諸説あるが14世紀頃のようである。一方,唐豚は『アヨー』と呼ばれ,19世紀頃に渡来したと考えられている。性質温和で肥育性に富み,主として泡盛のモロミ粕で飼育されていたと言われている。戦後,その数が激減をしたアグーとアヨーは絶滅したと考えられていた。しかし,アグーは戻し交配を重ね戦前に近い状態に復元された。また,アヨーも現在保護され教頭飼育されているそうだ。さて,このアグーは前身黒毛で顔は長く,耳は垂れ下がっている。肉質は良かったが晩熟で成熟したものでも体重は70kg〜90kg程度で小型の豚であった。いくら食べさせても成長が遅く,脂身が多く,赤みの量が少ないアグーは次第に消費者や農家から敬遠されるようになった。そのため,外国種のバークシャー種やヨークシャー種のような大型の豚が導入され,沖縄在来豚の改良が進み,在来豚は次第に姿を消すことになった。

アグー:「豚国おきなわ」より転載

 このように,豚が大型化するにつれて,これまでの在来豚では十分な広さであったフールも手狭となり,大型豚に対して使用するのが難しくなっていった。これに加え,様々な機関による衛生指導による県民の意識変化,ライフスタイルの変化によるトイレの家庭への普及など様々な要因が複合して,戦後のフール衰退を招いたと考えられる。

7 おわりに

 実はフールといえば,沖縄県北中城村字大城にある『中村家住宅』のものが特に有名である。中村家住宅のフールは,トイレそのものが単独で国の重要文化財指定を受けており,トイレ文化を考える上で極めて意義深いトイレと言える。15年ほど前,フールを一度見てみたく中村家住宅を見学したことがある。昭和54年に,国及び県の補助を受け修理工事が行われたこともあり,とても保存状態が良い。当時,私は現存するフールはその数も少なく,容易に見学できるのは中村家住宅くらいであろうと思い込んでいた。しかし今回,ポピュラーな観光スポットともいえる『おきなわワールド』で思いがけずフールに出会うことができた。ここなら,旅のついでに気楽に立ち寄る事もできる。他にも見学できるフールは無いものか,と調べてみたら,なんと『美ら海水族館』で有名な『海洋博公園』にもあることがわかった。海洋博公園はなぜか,美ら海水族館にのみ目が行きがちであるが,水族館の他にも園内施設として,おきなわ郷土村・おもしろ植物園,海洋文化館,熱帯ドリームセンター,熱帯・亜熱帯都市緑化植物園などの施設を有している。その中の,『おきなわ郷土村』に「近年の民家」という建物が展示されており,敷地内にフールもあわせて展示されている。さらに,『那覇市小禄田原公園』にもフールが移築展示されている事を知った。この公園なら無料で見学ができる。そんな意味からも気楽に行ける,おすすめフールだ。調べれば,まだまだあるのかもしれない。しかし,今回なによりも嬉しかったのは,沖縄の風土に深く根ざしたフール文化を,不衛生な時代の悪しき施設と捉え,遠ざけるのでは無く,フールを各地に保存し,広く後世に伝えて行こうとする沖縄の想いを感じたことである。

中村家住宅のフール

 願わくは,多くの方が沖縄観光のひとつとしてフールを見学し,フールに対する理解を持っていただきたい。そして,その事を沖縄の人々に伝える事が,更なる沖縄でのフールの保存・研究活動の一助になるのではなかろうか。

注1 人間の大便中のカロリーや栄養素の未消化率は,医学的にも重要な研究と思われる。どの程度研究が行われているのか興味深い所である。今回は残念ながら,データを入手することが出来なかった。
注2 「沖縄トイレ世替」P55より引用
注3 「沖縄トイレ世替」P55より引用
注4 「豚国・おきなわ」P28より引用

主要参考文献
『沖縄トイレ世替わり』平川宗隆 ボーダーインク2000年
『豚国・おきなわ』平川宗隆 那覇出版社 2005年
『くう・ねる・のぐそ』伊沢正名 山と渓谷社 2008年
『第11回下水文化研究発表会講演集』日本下水文化研究会 2011年
『便所のはなし』山田幸一監修 鹿島出版会1986年
『日本トイレ博物誌』INAX1990年
『琉球地方の民家』鶴藤鹿忠 明玄書房1972年
『重要文化財 中村家住宅修理工事報告書』1979年