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列車とトイレ

△講話者 清水 洽 *

コーディネーター 地田 修一(日本下水文化研究会会員)

はじめに

 満員の通勤電車,突然もよおすトイレへの欲望。私が普段使うJR山手線,西武線,地下鉄線の通勤電車にはトイレが常備されておらず,駅の設備で対応せざるを得ません。一方,JRの中距離快速通勤電車(東海道線,高崎線,宇都宮線,常磐線,総武線等)は基本的に先頭車と最後尾車近くにトイレが常備されています。首都圏の私鉄では,長距離用の東武線6050系や西武線4000系はトイレをもっていますが,一般的には,特急車両以外にはトイレがありません。
 学生時代に鉄道写真を撮っていた昭和38年頃は,レールの側での撮影には注意が最も必要でした。列車トイレが垂れ流しだったため,油断をしていると汚物をまともに浴びてしまうからです。  鉄道ファンの私は列車のトイレに興味を持ち,仲間の「鉄キチ」たちに手伝ってもらって「鉄道ビクトリア」をはじめとした各種の文献を集めました。
 以下に,日本の列車トイレの変遷ならびに世界の列車トイレの現状を報告します。

I. 日本の列車トイレの変遷

1. 日本の列車トイレの歴史

1)鉄道開設の初期

 1872年(明治5年),新橋−横浜間に鉄道が開設されましたが,車両にはトイレが付いていませんでした。1873年(明治6年4月)のこと,荒物売りの増沢政吉氏が横浜駅到着前にトイレをもようし,列車の窓から小用をしたのを鉄道員にとがめられ,東京裁判所で10円の罰金を科せられています。また,1881年(明治14年11月19日)の東京日日新聞に,「横浜駅から乗車したお客さんが窓から尻を出しプーと一発かましたため,罰金5円を支払う」との記事が載っています。
 1889年(明治22年4月27日),宮内省の肥田浜五郎氏が藤枝駅のトイレに行っている間に列車が発車してしまい,あわてて列車に飛び乗ろうとして転落死するという痛ましい事故がありました。肥田氏が政府高官であったこともあり,新開各社はこぞって列車トイレの必要性を書き立てました。
 ごくわずかの例ですが,英国から輸入した車両にはトイレ付きのもあり,また,明治13年製の北海道幌内鉄道の開拓使用客車にはトイレが付いていました。
1920−1930年(大正末から昭和初期にかけて),トイレ付きの電車が現れ始めました。難波−和歌山,新宿−小田原間などの比較的長距離の電車にトイレが付きました。南海鉄道の豪華列車にもトイレが組み込まれました。参宮急行(現近鉄),小田原急行,東武鉄道,国鉄横須賀線,富士身延鉄道等の車両に.トイレが付きました。いずれの列車トイレも,汚物は垂れ流しでした。

2)列車トイレの垂れ流し問題

1950年9月(昭和25年),徳島医科大学生理学教授・岡芳包博士と徳島鉄道病院耳鼻咽喉科医長・片岡義雄医師は,走行中の列車トイレから垂らした赤インクが,レール沿いに置いた白い紙にどのように付着するのかを調査しました。その結果,「平地を単独で走っている時はレール沿いに落下するが.他の列車とのすれちがい時やトンネル,鉄橋を走行している時はレールに落下せず,列車の窓や雨樋部分にまで舞い上がる」ことが明らかになりました。1951年(昭和26年)4月と1952年(昭和27年)5月の日本交通災害医学会総会で,「列車便所に関する研究」として発表されています。

山陰本線嵯峨駅−保津峡を行く下り列車(撮影も汚物も最も危険な場所)

 しかし,この当時の国鉄は,線路の延長工事や新車両の開発などに予算がとられ,トイレの改良・改善にまでは手が回りませんでした。
 そんな折,藤沢市都市衛生行政協議会は,東海道本線を通過する列車(上り81本,下り80本の合計161本)から撒き散らされる汚物は44klにも及ぶとして,国鉄にその対策を要望しています。このほか,山陰本線鎗部鉄橋下へ,列車から汚物,ビン,弁当箱等が撒き散らされ,住民が迷惑しているとの報告もあります。
 これらを受けようやく,国鉄は流し管の改造に取り組み,1951年(昭和26年)4月〜6月,大宮−高崎間で改良型流し管のテストを実施しました。その結果,「流し管を車体中央側に925mm寄せ,さらにレール面に195mmまで近づける」ことによって,飛散範囲が格段に小さくなることが分かりました。

交通科学館クハ8600−1 改造流し管


交通科学館マロネフ59−1 汚物の流し管

 国鉄は,1963年(昭和38年)10月,特に汚物の飛散が甚しい尾久駅に約100万円の予算で長さ235m,高さ1mの板塀を急遽設けています。
1963年(昭和38年)9月,岡山県知事三木行治氏より「列車の便所から放棄される汚物の処理について」という嘆願書が,当時の国鉄総裁・石田礼助氏に提出されました。
 そうこうしているうちの1965年(昭和40年)6月,清掃法が改正され,列車を運行する者に対して適切な屎尿処理を行うことが義務付けられました。

3)垂れ流し列車トイレの改善

 1958年(昭和33年)11月より電車特急こだまの運転が開始されたほか,新幹線の建設計画が具体化され,列車に取り付ける汚物処理装置の開発が至上命令となりました。

東海道本線山科を行く電車特急こだま151-3


交通科学館模型の151系の流し管

 1959年(昭和34年)度に,約150万円の予算で貯留式(タンク式)と粉砕式(消毒式)との試作が始まりました。まず粉砕式トイレが完成し,1960年(昭和35年)からこだま型特急(151系電車)とブルートレーン(20系寝台車)に付けられました。
しかしこれも,汚物を粉砕・消毒こそしますが,垂れ流すことには変わりがありませんでした。 1961年(昭和36年),新幹線の車両にタンク式トイレが採用されました。しかし,1往復毎に車両基地に入れてタンクに溜った汚物を回収しなければならず,これが列車運用上のネックとなりました。
 一方,在来線の車両はトイレの位置がばらばらで汚物の回収がスムーズにできないため,タンク式の採用を見合わせました。

東海道新幹線大阪府高槻市付近を行く0系
(この時代は防音壁もなくすっきりとした写真が撮れました)


交通科学館新幹線0系の循環式の汚物取り出し口

 当時は各メーカーの関心度が高く,@車両用糞尿処理機(三貴産業),A自動糞尿処理機(トレッスイ工業),B糞尿処理装置(富士エンジニアリング),CTZ式(日立化成),D車両用循環式汚物処理装置(鉄道車両金具製造)の5種の処理装置が提案されていましたが,1964年(昭和39年)度より,浄化式(日立化成TZ式)と循環式(鉄道車両金具製造,五光製作所)とに絞って,その比較研究が行われました。その結果,1967年(昭和42年)10月から順次,循環式への改造が始まり1969年(昭和44年)度末までに,新幹線の車両は全て循環式になりました。
 しかし在来線の車両に対する循環式への改造は予算の壁にぶつかり,粉砕式が継続されました。ただし,点検ブタの設置,飛散防止覆いの取り付け,異物取り出し装置の取り付け,タンクの大型化, 寒冷地対策としてのヒーターの設置などの改善がなされました。

表1.試作汚泥処理装置

4)垂れ流しトイレの撤廃

 1968年(昭和43年)8月14日の第88回業務運営会議で,「大都市発着または通過列車の便所使用制限方法と汚物処理装置の地上設備の設置方法との検討を急ぐ事」との通達を出しました。これを受けて8月22日,「列車トイレット改良の基本方式」として
 イ,車両には汚物を貯留して基地に戻ってから処理をする循環方式を採用する。
 ロ,地上設備における処理方式,規模,市町村側との関連調査等を実施する。
 ハ,粉砕式の今後の処置を検討する。
 ニ,都市部での便所の使用制限を実施する。
 ホ,さしあたり東海道線,山陽線から実施する。
 また同年8月29日の「列車トイレット改良研究 会」では
・車両の改善と取り付けは改造の難易により
 A,大改造を要する〔気動車〕
 B,便所を移設すれば可能なもの(旧形客車)
 C,比較的改造容易なもの〔電車,軽量構造の客車〕の3ランクとする。
・新車についてはタンクを取り付ける。
・食堂車には従業員用なので汚物処理装置は設けない。
・既存車両については汚物処理装置が完備されるまでは応急対策として,汚物の飛散防止を緩和する目的で流し管にオオイを設ける。
・長距離団体用として,創価学会用と修学旅行用を,汚物処理装置の取り付け対象車両とする。等を決定しました。
 1968年〔昭和43年9月3日〕の常務会で,総額800億円のプロジェクトにより,新幹線に使用した循環式の汚物処理装置を,夜行の特急急行,昼の特急急行,長距離団体用に取り付けることを決定しました。内訳は,車上設備の改良が350億円,地上設備の新設が450億円です。1969年〔昭和44年〕度には京都の向日町,大阪の宮原,東京の品川の3基地に地上設備を設置し,気動車特急「白鳥」「かもめ」,列車急行「銀河」「きたくに」などに循環式を取り付けました。また,昭和45年度には田町,南福岡に地上設備の工事を着工するなど,各地で車上設備や地上設備の工事が始まりました。1981年〔昭和56年〕度末の集計では,地上設備は40基地に整備され,汚物処理装置を取り付けた車両は,5,350両にまでに達しました。つまり,国鉄が分割民営化される直前の時点で,全汚物発生量の75%が衛生的に処理できるようになったわけです。

最新の列車トイレ,徳島駅での気動車特急うずしおN2000

 現状では垂れ流しの車両は1台もなく,汚物は全て循環式タンクに貯留され車両基地で処理されるか,あるいは下水放流で対処されています。資料は古いですが,1987年3月31日現在の国鉄在来線汚水処理施設一覧表〔鉄道ビクトリアNo.649p.51より〕を示します。

N2000の循環式タンク


表2.在来線汚水処理施設一覧

5)汚物処理の方法

 列車トイレとその汚物処理は限られたスペースの中で設置するため,いろいろな方式が検討されてきました。
@直接排出式
 排泄物を洗浄水とともに排出するため,汚物の飛散を出来るだけ小さくする工夫が検討されてきました。排出口をレール近くに下げ,ゴム板製の飛散防止カバーを取り付けるなどです。現在,日本ではこの方式の車両はなくなりました。

図−1粉砕式汚物処理装置

A破砕式(消毒式)
 便器から流れ出した汚物をベンゾールなどの消毒液を振り掛けた後,粉砕機で細かくしながら消毒液と混ぜ,一旦タンクに貯え,消毒効果が完了した後外部へ排出する方法です。昭和30年代の電車特急こだまや寝台特急ブルートレーンなどに採用されていました。しかし消毒されているとはいえ,汚物をばら撒く事には変わりありませんでした。(図−1)

図−2 循環式汚物処理装置

B貯留式
 初期の新幹線の方式で,排泄物と洗浄水は全て床下のタンクに貯留しこれを基地で排出します。走行中の排出は全くなく車両側の装置はタンクだけなので,比較的簡単です。しかしタンク容量が大きくなることや基地での汚物受け入れ設備が必要な事,さらに,車両をたびたび基地に入れて汚物を排出しなくてはならないため,列車の運用が悪くなる事で新幹線以外では普及しませんでした。
C循環式
 床下のタンクを小型化するために考案された方式です。最初,タンクに薬液をいれた水を入れておき,この中に汚物を貯えていき,便器の洗浄水はタンクの中に設けたフィル ターを通して水のみを吸い上げて繰り返し利用します。タンクの中へ貯えられ,増えていくのは汚物だけですから,タンクの容量を小さくすることができます。薬液には,大腸菌などの殺菌,汚物の腐敗防止,汚物の色と臭気の消滅などの効果があります。

 図−3 循環式汚物処理装置

 現在,新幹線をはじめJRの各車両にこの方式が採用されています。(図−2,3)
D燃焼式
 汚物を受け皿にのせ,プロパンガスあるいは電熱で燃焼させ,灰にして排出する方式です。米国ではディーゼル横関車や航空機などで使用されているようですが,危険性のあるプロパンガスは車両には不当ですし,燃焼時の臭気の問題もあります。そのため車両での採用はありませんが,家庭のトイレに採用するべく電子レンジ方式等の研究は進められているようです。
E真空式
 航空機に採用されていたが日本では五光製作所がスウェーデン・Evac社並びにフィンランドEvac社から技術導入して初めてJR九州で採用された。200ccほどの水でトイレを水洗できるので水のタンクも汚物貯留槽小さくすることができる。図−4に真空式トイレユニットのフローシートを示す。コンプレッサーの空気を用いてエゼクタ一により真空を作り1回ずつ貯留タンクに蓄え車両タンクに蓄える。今後JRの列車トイレでの標準になると思われる。

図−4 真空式トイレユニット(褐ワ光製件所カタログより)

6)まとめ

 日本の現状では,JR,私鉄とも列車トイレは100%循環式か貯留式で,車両は基地に戻り,バキューム車で最寄の屎尿処理場へ運ぶか,下水処理場で処理されています。その結果,安心してレールに近づき鉄道写真を撮ることが出来るようになりました。

【参考文献】
1)谷 雅夫「旅客車の便所について」鉄道ピクトリアル1968.11月 Vol.18.No.11
2)鉄労組全国施設協議会「国鉄糞尿抄」鉄道ピクトリアル1968.11月 Vol18.No.11
3)根本 茂「列車トイレのあれこれその1」鉄道ファン1991.10 No366
4)根本 茂「列車トイレのあれこれその2」鉄道ファン1991.11 No367
5)妹尾河童「河童が覗いたトイレまんだら」文芸春秋刊1990年6月25日
6)李家正文「厠まんだら」叶瘟リ社昭和47年4月25日
7)神津啓時「近年の列車トイレの技術」鉄道ピクトリアル1998.2月No.649
8)吉川文夫「鉄道の文化と列車トイレ」鉄道ピクトリアル1998.2月No.649
9)岡田誠一「国鉄列車トイレ改良史−汚物処理装置の歩み−」鉄道ピクトリアル1998.2月No.649
10)白土貞夫「新聞に載った官設鉄道の列車トイレ出現前後」鉄道ピクトリアル1998.2月No.649
11)秋山芳弘「世界の列車トイレ事情」鉄道ピクトリアル1998.2月No.649
12)株式会社五光製作所カタログG.h1710・3000

※尚 写真は全て筆者が撮影

※日本下水文化研究会会員,NPO21世紀水倶楽部副理事長